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冬期湛水水田と緩速ろ過の浄水場 その2

 

緩速ろ過の浄水場の仕組みは生物ろ過

 

水道水を作る方法に、

緩速ろ過(かんそくろか)方式という

仕組みがあります。

 

約200年前にスコットランドで、

緩速ろ過方式の前段階の、

ペーズリーろ過法式が生み出されました。

 

当時のイギリスは、産業革命の影響で、

人口が都市に集中し工業化が進み、

河川が汚れていました。

 

ロンドンを流れるテムズ川の水で

実験が行われ、緩速ろ過方式は

1829年、ほぼ完成されました。

 

当時は、砂でろ過ができると、

考えられていたようで、

slow sand filtrationと呼ばれていました。

 

資料提供:中本信忠
資料提供:中本信忠


 

日本には、5521の浄水場があります(平成24年)。

 

最も多いのが地下水をくみ上げして、

塩素を入れている消毒のみの方式です。

 

次が化学処理による急速ろ過方式で1783、

緩速ろ過方式は、548か所もあるんですよ。

 

日本で緩速ろ過の浄水場が作られるように

なったのは、明治時代です。

 

東京の淀橋浄水場も日本で2番目にできた、

緩速ろ過方式の浄水場だったのです。

 

日本でも、緩速ろ過の仕組みが理解されておらず、

砂でごみや雑菌を取り除くと思われていました。

 

 

ところが、緩速ろ過の本当の仕組みは、

水の「生物ろ過」だったんです。

 

資料提供:中本信忠
資料提供:中本信忠


 

ですから、未だに厚生労働省の

浄水場設置や運営の規定は、

生物ろ過を活かすものになっておらず、

戦後から改善されていません。

 

塩素を入れることなどを決めた水道法も、

GHQによって作らされた法律です。

 

塩素を入れる必要が無い緩速ろ過の水も

家庭の蛇口で出る時、

塩素が入っていなければならない、

塩素濃度の規定など問題だらけのままです。

 

それでも、日本中に稼働中の

緩速ろ過の浄水場があることは、

素晴らしい財産です。

 

資料提供:中本信忠
資料提供:中本信忠


 

緩速ろ過の浄水場では、

沈殿槽で水の中のごみを落とし、

砂を敷き詰めたろ過槽に水を移して、

ゆっくりした速度で移動させます。

 

微小昆虫や微小生物による

食物連鎖が起こります。

 

小さな生きものが

より小さな生きものを食べます。

 

クリプトスポリジウムのような原虫、

病原性大腸菌などの病原菌も

食べられていなくなります。

 

小さな生きものの糞は、

砂の目を通りろ過槽の底に沈みます。

 

資料提供:中本信忠
資料提供:中本信忠


 

水の中の窒素、リン酸、カリや、

ミネラルを含む栄養分も

藻類や植物プランクトンが吸収します。

資料提供:中本信忠
資料提供:中本信忠


 

ろ過池に増えるメロシラという藻類は、

砂の上を覆って、砂の目詰まりを防止します。

 

メロシラや植物性プランクトンは、

光合成をおこなって、水中に酸素を放出します。

 

資料提供:中本信忠
資料提供:中本信忠


 

この酸素は、砂の中に住む微小生物に、

消費されているのです。

 

生きものが活動する温度と水深、

水の速度でろ過の効率が変わります。

 

こうして、何も含まず腐ることもない、

生で飲めるおいし水を

生きものろ過で作ることができるのです。

 

冬期湛水水田と緩速ろ過

 

緩速ろ過の日本で唯一の研究者

中本信忠先生と、

初めてお会いしたのは、

2003年の春でした。

 

当時、中本先生は信州大学の

応用生物科学科の教授でした。

 

写真提供:中本信忠
写真提供:中本信忠


 

不耕起移植栽培の田んぼに来ていただき、

中本先生から緩速ろ過の仕組みをお聞きして、

私たちは、大変びっくりしたのです。

 

緩速ろ過で水を生物浄化する仕組みが、

冬期湛水水田で見てきた状況と

そっくりだったのです。

 

 

 

どうやら、田んぼは

水を浄化しているらしい。

 

冬期湛水により、

水の浄化がさらに進むらしい。

 

ずっと考えていたことが、

中本先生の話を聞いて、

本当だという確信を持ちました。

 

 

田んぼの取水口では

水が少し生臭くても、

田んぼの水が臭うとは感じません。

 

田んぼに入れる水が、

いつも透き通っているとは限りません。

 

川が雨などで濁っている時には、

パイプラインの蛇口から出る水は、

濁っていることがあります。

 

 

けれども田んぼの水は、

濁っていないのです。

 

資料提供:中本信忠
資料提供:中本信忠


 

すり傷や切り傷があっても、

田んぼの水に触れて、

破傷風などの病気になる話を、

聞いたことがないんです。

 

 

生きものろ過は、

すごいと考えるようになりました。

 

 

生物ろ過の仕組みがわかると、

改めて、文献や資料を読み直し

新たな視点が生まれました。

 

資料提供:中本信忠
資料提供:中本信忠緩速ろ過


 

中本先生の緩速ろ過の研究成果は、

浄水場の管理規定が古いため、

日本の緩速ろ過の浄水場では、

あまり活かされていません。

 

 

しかし、アジアやアフリカでは、

中本先生の指導で、

緩速ろ過装置が設置され、

生水が飲める地域が増えました。

 

 

私には、福岡正信さんの粘土団子が、

世界の砂漠を緑化していったことと、

ものすごく重なるんです。

 

資料提供:中本信忠
資料提供:中本信忠


 

関連記事

⇒ 生きものが田んぼの水を浄化する 冬期湛水水田と緩速ろ過の浄水場

 

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冬期湛水水田と緩速ろ過の浄水場 その1

 

田んぼに水は無い?

 

 

水田とは、水を湛えた田んぼのこと。

 

田の字の意味は、穀物を栽培する所。

穀物の栽培で水の中で行うところが

田んぼです。

 

昔は稲だけではなく、

稗(ひえ)や粟(あわ)、黍(きび)などの

イネ科の雑穀もマコモやヨシも

田んぼで育てるものだったんでしょうね。

 

穀物以外のものを作るところは、

「はた」と呼んだようです。

 

端、側から、

畑、畠になったんでしょうね。

 

田んぼの横で火を燃やすところ?

田んぼではない明るい所?

田んぼとはっきり区別されるところ?

田んぼに水が入ってくるところ?

 

 

だから、昔は田んぼって、

水があるとは

限らなかったのかもしれません。

 

では、現代はどうでしょうか?

 

もしかして、田んぼには

いつも水があるものだと、

思っていますか?

 

 

 

日本中の多くの水田地帯では、

年のうち6ヵ月は、

水が無いんです。

 

乾田(かんでん)の状態です。

 

農家が田んぼに水を張るのは、

田植え前から初夏と、

夏の終わりから稲刈り前まで、

わずか4ヵ月です。

 

稲刈りの時に、

大型重機であるコンバインを

田んぼに入れる必要があるため、

機械が泥にはまらないように、

田んぼから水を抜きます。

 

そのあと春まで、

田んぼに水はありません。

 

Photo by Natsuko Takehara
 

また、多くの地域で、夏に中干しという、

田んぼの土を乾かす期間を設けます。

 

農作業の

機械の都合、作業の手順に合わせ、

田んぼに水を入れたり抜いたりで

きるようになっているからです。

 

冬期湛水水田

 

あえて、稲刈り後の田んぼに

水を張っておくのが、

冬期湛水水田です。

 

Photo by Natsuko Takehara
 

冬期湛水(とうきたんすい)というのは、

冬の間水を湛えている、

溜めてあるという意味です。

 

つまり冬の間、田んぼに

水を張りっぱなしにしたのが、

冬期湛水水田です。

 

冬期湛水の取り組みが始まったのは、

1998年の稲刈り後、宮城県でのことです。

 

その地域はマガンやハクチョウの飛来地でした。

 

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マガンやハクチョウなどの渡り鳥が、

冬に湛水した田んぼを、

ねぐらに利用しないだろうかという

実験的な取り組みからでした。

 

結局、その年、鳥たちは、

冬期湛水の田んぼをねぐらには

しませんでした。

 

しかし、休憩場所として

利用をしてくれました。

 

農業用語では、

冬期湛水と言いますが、

野鳥や自然環境保護の視点では、

冬・水・田んぼとも呼ばれています。

 

冬期湛水による田んぼの生きものの変化

 

宮城県で初めて冬期湛水が行われた後、

全国各地の不耕起栽培農家が、

冬期湛水を始めました。

 

各地で、様々な現象が報告されました。

 

Photo by Kiyo Nakamura
 

ハクチョウだけではなく、他の渡り鳥や、

留鳥が立ち寄るようになり、

動物や肉食の鳥も現れました。

 

田んぼの土にも変化が現れました。

 

本来、土が固い

福島県郡山市の田んぼは、

1999年に冬期湛水を始めると、

田んぼの表層の土が、

トロトロした状態になっていました。

 

各地のハクチョウが来る田んぼを

訪問していたので、私たちには、

ハクチョウが歩いて、土がえぐれ崩れるのと、

表面のトロトロは別のことだと思われました。

 

 

2001年の秋に初めて湛水した

千葉県の不耕起田んぼでは、

翌年の春に、大量にニホンアカガエルの

卵塊(らんかい)が、見つかりました。

 

Photo by Natsuko Takehara
 

前年まで、この田んぼで

ニホンアカガエルは、

全く観察されていませんでした。

 

5、6月には小さなニホンアカガエルが、

大量に観察できました。

 

Photo by Natsuko Takehara
 

その後の観察で、冬期湛水の田んぼでは、

ミジンコが、田植え後の一時期に

大量発生することもわかりました。

 

藻類や浮草の発生状態も変わりました。

 

明らかに生態系に変化が起きていました。

 

2001年6月に、この田んぼで、

生きもの調査をしました。

 

冬期湛水をしていない田んぼに比べ

田んぼの表層のとろとろした泥の中に、

イトミミズとアカムシ(ユスリカの幼虫)が、

大量に棲んでいることがわかりました。

 

Photo by Natsuko Takehara
 

計算上は、10アール当たり、

イトミミズ 220万匹
ユスリカ 120万匹

 

イトミミズは、

田んぼの土を採取しようとすると、

危険を感じ10~20cmぐらい下まで

土の中に潜るようです。

 

ですから、データの正確さはわかりません。

 

小さな昆虫や巻貝やシジミ貝の仲間も、

田んぼの土の中にいることが確認されました。

 

イトミミズが土の中の有機物を食べ、

お尻から吐き出す糞や、アカムシの糞が、

トロトロ層を作っていたことが、

その後の調査や文献からわかってきました。

 

Photo by Natsuko Takehara
 

田んぼに水を張り始めた秋には、

田んぼに微小な昆虫やダニ類などの、

分解者が大量発生することも目撃しました。

 

Photo by Natsuko Takehara
 

 

 

どうやら、普通の田んぼとは違い、

わらや有機物の分解者が増えています。

 

ダニ類と聞くと吸血したり寄生することを、

イメージするかもしれません。

 

ダニ類の大半は、吸血しません。

 

土壌で生活する多くのダニ類は、

落ち葉などの有機物やそれが分解したもの、

菌類、腐ったものを食べています。

 

Photo by Natsuko Takehara
 

私が冬期湛水の田んぼで出会った、

小さな昆虫やダニ類は、

わらやわらを分解する菌類を

食べていたのだと思います。

 

 

冬期湛水した田んぼでは、

田植え後に、藻類や浮草類が、

急に増えることもありました。

 

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倒れる稲と倒れない稲 台風で倒れた稲は、なぜ倒れたのか? その2

茎が細くなる原因は何か?

 

倒れる稲には、第4~第6節間が細く伸びあがっている、

という特徴があることが分かったかと思います。

 

稲の茎が太くなるか、細くなるか、

どうして決まると思いますか?

 

Photo by Natsuko Takehara
 

茎の太さは維管束の数で決まります。

 

維管束というのは、シダ植物と種子植物が持つ、

水や栄養分を運ぶ管のことです。

 

 

根から吸い上げた水や栄養分を全身に運び、

葉の光合成で作ったでんぷんを全身に運ぶ、

そういう役割をしています。

 

 

ですから、茎の維管束は、枝分かれして葉や穂にも続いています。

人間でいえば、血管みたいなものなんです。

 

維管束がわからない人には、

葉脈だよというとわかりやすいかもしれませんね。

 

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葉脈の中に維管束が通っているんです。

 

葉脈は堅いイメージがありますよね。

 

 

稲に維管束ができるのは、初芽して、葉が伸び出してくるときです。

 

その時は、稲にはまだ茎が無いのですが、

苗が太いほど維管束が発達し、数も多くなります。

 

 

維管束の「維」は、繊維という意味です。

 

維管束は細胞壁が発達してつくられた、

パイプラインやチューブのようなもので、

固くて丈夫なんです。

 

稲がしっかり立っていられる理由は、

維管束の数が多く、細胞壁が固くてしっかりしているからなんです。

 

 

植物の体には骨がない代わりに、

ひとつひとつの細胞壁が、身体を支えています。

 

 

細胞壁はセルロースで出来ています。

 

 

セルロースは固い繊維ですが、

グルコースという糖が沢山連結してできているんです。

 

つまり、光合成で作られたでんぷんからできたのが、

細胞壁というわけです。

 

細胞のうちでも維管束は特に、

細胞壁がしっかりしているわけなんです。

 

 

セロリの茎を切ってみると、

維管束がよく見えますよ。

 

写真はルバーブの切り口です。

維管束が見えますよね。

 

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苗の時に、光合成をさせる期間が長く、

温度があまり高くなければ、

維管束が発達するのです。

 

維管束が発達していない稲は、

苗の時に、やわらかく細いということになります。

 

穂が作られた時にできる茎が細くなる原因は、

苗の時に維管束を十分に発達させていないからと考えられます。

 

葉鞘の中にできる茎が細くなってしまうんです。

 

 

肥料のやりすぎで稲が倒れるのか?

 

上記のような維管束の説明をしても、

稲の倒伏について説明すると、

肥料のやりすぎで倒れるんでしょうか?と、

質問される方がいます。

 

ここで、すでに私と質問者との間に、

ボタンの掛け違いが起きているんです。

 

 

私は、維管束がたくさん作られる体質は、

苗の時に作られるという説明をしているのですが、

質問されている方は、田んぼに植えられてからの、

肥料の量で倒伏が起こるのでしょうかと質問しています。

 

 

もちろん、要因として全くないとは言えませんが、

どちらかというと、二次的要因になるんです。

 

維管束がしっかりと固く丈夫にできていて、数が多ければ、

田んぼで育つ稲の茎が太くなります。

 

 

肥料欠で、分げつが減りますが、茎がそれほど細くはなりません。

 

 

一方、肥料過多の田んぼ、肥料のやりすぎの場合は、

茎が細い体質のまま、背丈が伸びるんです。

 

その結果、第4~第6節間が細くなり、

倒伏の原因になるわけです。

 

ですから、肥料が多いことは、二次的要因です。

 

 

維管束が発達し数が多く、苗が太ければ、

田んぼに移植した後も、稲は葉鞘を太く巻きます。

 

見た感じは、田植え後の稲の茎が太いように目ますが、

これはまだ茎ではありません。

 

幼穂ができて茎ができた時、出来た茎は太くなります。

 

穂首(ほくび)を観察すれば、茎が太いか細いかわかります。

 

Photo by Natsuko Takehara
 

茎が太ければ、例え、肥料過多で稲の背丈が伸び続けても、

倒伏しないで、台風でも、よじれる程度で済むわけです。

 

チッソ、リン酸、カリの割合が悪いのでしょうか?とか、

バランスや割合をきちんとしなければいけないのでしょうか?

と考える方もいるようですが、

土の中に入れた肥料の成分割合を、

机上の理論でコントロールできると考えないほうが良いと思います。

 

田んぼには水があります。

 

排水したり、入水することで、

土に含まれる肥料分量は常に変化しています。

 

 

チッソ、リン酸、カリの割合が、倒伏に関係するならば、

米ぬかや穀物粕、魚粕などの有機質を使った場合、

割合がきちんとしていないから、

倒伏につながるという理論なのでしょうか?

 

 

「ドネベックの桶」を今一度勉強し直してほしいと思います。

 

 

稲という植物を生きものとして見て欲しいと思います。

 

 

たとえ、成分割合がきちんとわかっている化学肥料を

田んぼに多く入れたとしても、

茎が太いか細いかで、倒伏するかしないかの違いが、

起こってくるからです。

 

 

最近は、一発肥料を使う農家の方が増えました。

 

これだと、田植えの時の側条施肥だけで、

肥料撒きが済んで楽だからです。

 

 

ただし、農協の言うとおりに注文して、

毎年撒けば、肥料過多になることは間違いないと思います。

 

 

どうしても一発肥料を使いたいなら、

田植えの2カ月前に、少な目に撒いておくことをお勧めします。

 

 

稲を見ない稲作り

 

茎が細いことで稲が倒れる場合は、

苗の時に維管束が少なく細いことが原因だとしたら、

あなたの育てている苗はどうか、よく観察してみてください。

 

稲の苗を良く観察したら、

今度は田植えの時の苗の様子、

田植え後、1週間後、2週間後、1か月後の姿を、

良く観察してください。

 

あなたの稲は、どんな風な姿や色で、

どんな葉の長さで育っていますか?

 

 

稲を見ないで、首振り農業をしている人が多いんです。

 

首振り農業というのは、

周りの人が作業を始めたら、自分もはじめる、

どこかで話を聞いてきたら、

自分の田んぼや稲にとって適期かどうかを見極めないで、

聞いてきたことをやってみるという農業のやり方です。

 

 

自分が育てている苗はどんな苗なのか、

隣とどう違うのか、観察することもしないのです。

 

 

自分の田んぼの稲と自分の田んぼの稲がどう違うかも、

観察しないでいるわけです。

 

 

稲を知らない稲作り

 

今、農家の人でさえ、稲のことを知りません。

 

稲を見ないし、田んぼにもほとんど入りません。

 

そんな実例をお伝えしましょう。

 

 

田植えの時の話です。

 

田植えの手伝いに行ったところ、

田んぼにたっぷりと水が入っていました。

 

朝一番に、パイプラインの蛇口を開けたのでしょう。

 

一方、その家で育てた苗は、

とても短い苗でした。

 

Photo by Natsuko Takehara
 

種まきの時期が遅くなってしまったそうです。

 

短い苗をたっぷり水が入った田んぼに田植えしたら、

全て水没してしまいますよね。

 

でも、そんなことを考えてもいないわけです。

 

 

すぐさま、私は、水を止めて暗渠(あんきょ)の栓を抜いて、

排水するように言いました。

 

 

田植えを頼まれて田植機を持ってきた人も、

時間つぶししなければならなくなりました。

 

ある程度水が抜けたので、田植えを始めましたが、

水は地面が見えるまで抜き続けてもらいました。

 

 

いつ水を入れたらよいかとの質問に、

3~5日後に入れてくださいと伝えました。

 

 

「どうして、田んぼに水が無い方がいいんですか?」という質問。

 

 

私の答えは、次のようなものでした。

 

皆さんが育てた苗は陸稲(おかぼ)の苗です。

水苗代やプール育苗で育てた苗は、水稲(すいとう)の苗です。

 

陸稲の苗の根には通期系が無いので、

新しい根が出るまでは水が少ない方がいいんですよ。

 

根が土をつかんでから、水を入れていけば、

新しく出る根は、水稲の根に変わっていきますよ。

 

 

この家の田植えの苗は、ハウスの中に育苗箱を並べ、

灌水しながら育てたものです。

 

種もみが発芽する時、初めに芽が出ます。

 

根は後から出ます。

 

根の表面の内側には皮層組織という細胞の集まりがあります。

 

 

水の中で苗を育てていると、

皮層組織の細胞が壊れて穴が開き、

酸素を通気する穴ができるんです。

 

この通期系を破生間隙(はしょうかんげき)といいます。

 

 

ところが、陸稲には、この通期系の穴ができません。

 

稲の根が水を張った田んぼで、育つのは、

この穴、破生間隙が根っこにできるからなんです。

 

ハウスの中で、灌水しながら育てた苗には、

破生間隙が無いんです。

 

 

ですから、田植えの時に、水にどっぷりつけると、

今まであった根が死んでしまいます。

 

今まであった根が土をつかんで、3日ほど根を張る頃、

新しい根が出て来るので、その時に水を入れてやれば、

新しい根に、通気系ができて来るんですよ。

 

これについて、いまだに新しい文献を見つけられていませんが、

今迄あった細胞が壊れて破生間隙を作るのは、

アポトーシスではないかと思っています。

 


破生間隙についての説明は、

『不耕起でよみがえる』に書いてあります。

 

 

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宇宙からのメッセージは日常にあふれている

大杉神社に不耕起栽培のお米を奉納しようとしたら

 

大杉神社にお米を奉納。

最適な瞬間に時間を調整してくれる不思議なお話です。
9月の大杉神社の月例会の日の早朝、

不耕起栽培のお米を作ってくれた人から電話がありました。 



大杉神社の月例会に行く日だろうから、

神様にお米を差し上げてきてほしいとのこと。

 


確かに、私とその人が偶然出合ったのは、大杉神社で、


そのあと、スピリチュアル系の仕事を一緒にやることになりました。


 

まったく私には感謝が欠けている、私は抜けていると思いました。




お米をギフト箱に入れたのですが、どうも頭が重くて、


思うように動けないでいました。


11時前には、余裕を持って着かなければいけないのに、


遅刻ギリギリ。

 


御祈願受付所にお米を預ける際、


今から始まるご祈祷には間に合わないので、

次の時間になりますとのこと。

 

あわてて、本殿に入り、他の方と合流しました。



月例会では、ご祈祷に参加させていただき、


その後、宮司さんのお話を聞き、直会(なおらい)をします。



直会は、神様の撤下のお神酒(この神社では夢酒という梅酒)と、


神様の撤下のお米をいただきます。

 

おかずは参加者の持ち寄りです。




 

ご祈祷中に気がついたのですが、

神様に奉納されるお酒などには、のしが付けてあります。

 

奉納と書いて、奉納した人の名前も書いてあります。


経験がないのは確かですが、


今までそれを、何度も見ていたのに、

お米を用意するときに、気がついていなかったのです。



 

直会を抜けて、12時からのご祈祷に受付へ行くと、

12時はお申し込みが無いので行われないとのこと。

 


この日は、お天気は雨で、
仏滅だから、

神社に来る方も少なく、申し込みが無ければ、

ご祈祷は行われないのです。



なんだか、これは、お米のお清め、奉納を

今日は、やってはいけないのか?なという気がしました。


 

のしを付けてないので、明日でもよいでしょうか?

のしを用意して出なおしましょうか?と受け付けで聞くと、

付けてこない人もあるので、

その場合はこちらで書きますとのこと。



 

直会が終わり、代表の宮司さんを囲んでおしゃべりしていると、

若い宮司さんが、今、お申し込みがあったので始めますよと、

2時ごろに、呼びに来てくださいました。

 


直会が始まる直前に月例会に来られた方が、


ご病気で、ご祈祷を申し込まれていたのです。


そのおかげもあり、


無事に、この日に、お米をお清めして、

奉納していただくことができました。



なぜ、すんなり11時に奉納できなかったのか?

 

私が月例会に行くのは、代表の宮司さんのお話が、

毎回、学びがある内容で、成功法則の話につながるからです。


しかも、なぜか私がその時に必要としていることの


ヒントが、毎回あるんです。


この宮司さんが来てから、神社はどんどん、


素晴らしい建物やお部屋ができたそうです。

 


今、建設中のトイレも、せっちんの神様のレプリカが置かれ、


各部屋に素晴らしい絵が施されるそうです。

 


原画を見せていただきました(ピンぼけ写真だけど)。


Photo by Natsuko Takehara
 

Photo by Natsuko Takehara
 

まだ現在は、観光バスはあまり来ないのに、

今から、運転手さんの休憩室も作るそうです。

 

観光バスの事故が多いから。


大杉神社にたくさん観光バスが来るようになったら、


せめてここで、30分でもゆっくりできるように、

シャワールームやマッサージチェアも設備すると語られます。

 

これって、引き寄せの法則を実践していると思うのです。

 

いつもは、時間前に神社に付けるのに、

今日はどうして、なかなか家を出られなかったのか?

 

用事があったわけでもありません。

 

偶然にも、11時に間に合わない上、

12時も13時も、ご祈祷が行われませんでした。

 

じつは、この世の中に偶然はありません。

全てのことは必然的に起こります。

 

ですから、見えないエネルギーが働いて、

14時に時間調整が行われたように感じました。

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Photo by Natsuko Takehara
 

家に帰って来てから考えました。



仏滅というのは、仏教に関係はなく六曜という歴注で、


神事とつながりもある陰陽道にあるもの。

 

では、なぜ、午前中はだめで、2時は良かったのか?

 

歴注は旧暦につけられたものだから、暦にヒントがあるのかな?

 

歴注とは暦に付けられる運勢とか吉凶の判断のことで、

陰陽五行からもきている、古代の統計学がもとです。

 

陰陽五行を自然哲学という解釈もありますが、

占いや天文学的な出来事の傾向の解釈は、

統計学で出したものなのです。

 

歴注は、六曜(ろくよう)、十二直(じゅうにちょく)、

二十四節、七十二候と細分化されます。

 

調べてみると、この日は六曜が仏滅、

二直が除(のぞく)、

二十四節が寒露(かんろ)となっていました。

 

寒露は太陽黄径195度の日をいいます。

 

太陽高黄径とは、地球から見た天を球に見立て、

太陽が天を移動する通り道の座標のことです。

 

時間によって座標が移動するわけです。

 

調べてみると、この日の11時は太陽黄径194.9974度

 

まだ、二十四節の寒露に、

なっていなかったことがわかりました。

12時、195.0386

13時、195.0997

14時、195.1208

 

14時は0.1ポイント寒露に入った座標です。

 

もしかして、本来の座標は4桁なのかもしれないです。

 

0と1の使い訳があるのだとしたら、

PCの2進法の世界みたいですね。

 

宇宙の仕組みは量子力学で解明されているけれど、

波と素粒子の0と1の世界です。

 

なんだか、関係がありそうに思えます。

 

六曜の仏滅の本来の意味は空(くう) 物滅 

空の状態から新しいことが始まる、又は、始める日

0の状態が仏滅の日です。

 

十に直の除(のぞく) 

障害を取り除く、祓い清めや祭祀をすると良い日

こちらも0の状態の日です。

 

二十四節の寒露 

霜になる前に露が集まる 何もない所から新しい事が始まる

0から1になる日のようです。

 

001がカウントされた時が14時という解釈ができます。

 

暦や歴注のことは良く知らなかったのですが、

歴注が良好に重なるように、何かの力が働いて、

どうも、時間調整をしていただいたようです。

 

感謝です。

 

hokkyokusei2
 

私は時間調整が起こり、この時間でなければ会うことが無いような

偶然のご縁ができたことが何度かあります。

 

電話をかけたら、相手が私の話をしているところだったとか、

十秒違えば会うことが無かったぐらい大混雑している

自動改札や地下通路で、旧友と一緒になったなどが、

私の人生では良く起こります。

 

 

たぶん、宇宙からのメッセージは、

日常にあふれているのだと思っています。

 

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2016年産の特別な不耕起栽培のお米のを食べてみた

新米を食べてみたよ

 

ご飯を炊きました。

新米を食べましたよ~。

 

Photo by Natsuko Takehara
 

せっかくなので、白米はガス釜で、

玄米は二重蓋の土鍋で炊いてみました。

 

お水は湧き水を汲んできました。

 

お味の方は・・・。

白米は、すっきりした味でした。

 

味としては、上出来だと思います。

 

玄米はかなり甘くて、うまうま~、でした。

 

Photo by Natsuko Takehara
味を文章で表現するのって難しいですね。

 

 

遠隔診断できる方は、写真でレベルを診れると思いますよ。

 

私が食味検査を山ほどやっていた時は、

同じ条件で炊かないといけないので、

数個の土鍋で湧き水を使って、2合ずつ炊いていました。

 

ひとりの農家さんが、田んぼごとに、

いくつかお米を送ってくるんです。

 

その頃は、秋から年末まで毎日食味、

冷凍庫の中が、お茶碗ではかって、

小分けしたごはんだらけでした。

 

食味を検査する時はどうやるのか

 

最初に一口、口に入れて、鼻を通る香りを診る。

 

熱いと味覚が変わるので、

湯気が出なくなってから口に入れ、そのままにします。

 

すると、舌の上に、甘みが感じられるようになります。

 

それから少し口の中で転がし、

その後、よく噛んで、どんな風に味が変化するかを診ます。

 

一般的にお米の食味って、食味計という機械で測るんです。

 

食味計にかけるのは玄米です。

 

Photo by Natsuko Takehara
水分やたん白、脂質、アミロースの量を分析して、

米の千粒の重量、青いお米や白く濁ったお米、

形が変形したり茶色に固まったお米、

カメムシによる斑点のあるお米、

そういうのの成分量や数字で、

100点満点で何点かを出すわけ。

 

でもね、機械の調整で、水分を15%をベストに設定するか、

14.5%に設定しておくかで、10%も数字が変わるの。

 

95点だ、98点だといっても、その時の設定が違えば、

評価も違ってくるわけなんです。

 

だから、人のべろ度計の方が、複雑な味わいや香りを、

判断するのはレベルが高いと思うわけです。

 

ソムリエがまさに、べろ度計の世界なのかもしれない。

 

香りと丸みを帯びてるとか、若いとか。

 

今の私は、体調がもとどうりじゃないから、

味覚においては、それほど当てにならないかもしれなけど、

それでも、それなりに甘み以外のかおりとか、違和感ないかとか、

もちもち感とかも、わかるわけなんです。

 

今回のお米、少し、炊くときの水加減が多かったみたいです。

 

とうぜん、味は薄まるよね。

 

でも、甘味はあるし味わいもあると思いました。

 

ごはんのおいしさを確認するのは、最終的には冷めてから。

 

より、甘味がはっきりして、もちもち感もあればOK.

 

冷めても美味しいのが、本来のお米です。

 

白米より、玄米の方が甘みが強いですね。

お焦げも美味しかったですよ♡

お焦げ、うま~。

Photo by Natsuko Takehara
 

お米はどうしておいしいの?甘いの?

 

お米の味の決め手は、サピオ層と胚乳にあります。

 

サピオ層というのは、玄米の皮のすぐ下にある薄い層で、

うまみの層のことなんです。

 

不耕起栽培ですと、玄米の皮の下に

サピオ層がしっかり作られます。

 

ご飯を炊く時の熱で、サピオ層でオリゴ糖が作られます。

胚乳をかんだ時の甘みよりも薄い甘みですが、

舌に乗せることで、サピオ層の甘みがわかりますよ。

 

無洗米は、たいへんもったいないことに、

このサピオ層まで削り取ってあります。

 

胚芽も完全になくなっていますよね。

 

胚芽のビタミンB1は、胚乳の糖質を吸収し、

エネルギーにするのに、必要な成分なんですよ。

 

芽が出て3枚の葉っぱが育つための

おっぱいが胚乳なんですが、

動物が食べる場合にも、

胚乳の栄養が吸収に寄与してるんですよ。

 

不思議な仕組みですよね。

 

 

お米は、噛めば噛むほど甘くなると言われています。

 

白米の甘みは、もともと含まれる糖質、

炊く時の熱での酵素反応でできる糖質もありますが、

口の中で、唾液の酵素で麦芽糖ができることで、

甘みを強く感じられるようになります。

 

玄米の方が甘いのは、水につける時間が長いことと、

皮が付いていて酵素が多いために、

加熱したときに、糖化がたくさん起こるようです。

 

玄米も、生でポリポリ食べると、わずかな甘みがあります。

 

玄米は、胚芽や皮がある分、味の成分もたくさんあります。

 

複雑に組み合わさり、加熱で変化して味も深いんですね。

たとえ無農薬だ、有機だといっても、肥料をやり過ぎのお米だと、

飲み込む直前に、わずかなえぐみを感じることもあるんです。

 

ある時、仲の良い農家さんが送ってきたお米を食味したら、

去年と味が違うわけ。

 

最後にわずかなえぐみが・・・。

 

その場で電話をかけて、「あんた、なにやったんや!!」

「田んぼに何入れたんや~~!!!」

(関西の農家なので、えせ関西人になる私。
ちなみに住んだことないのに本籍、芦屋市だったよ。)

 

なんと、干してあった収穫後の大豆の枝葉を、

軽トラ1杯、田んぼに入れたんだって。

 

「あほちゃうか~!! 米にチッソはあかんやろ~」

 

というわけで、お米が美味しいのは、こういう理由ですという、

雑学になりました。

 

このお米を食べてみたという方がいらっしゃったら、

こちらから → 支援サイト

 

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稲刈り後 籾はどうやってお米になるのか知ってる?

お米を乾燥した後の調整って?

 

稲刈りをする時は、

お米はまだ、籾の中に入った状態ですよね。

 

Photo by Natsuko Takehara
 

籾はどうやってお米になるのか知ってる?

 

 

いつも食べているお米がお米という商品になるまで、

どんな課程があるのか知っていますか?

 

photo-by-natsuko-takehara
 

茨木の不耕起田んぼのお米を、

千葉の不耕起ベテラン農家の作業場へ運んできました。

 

雨が長く続いたため、稲刈りが長引きました。

 

それに雨の日は、お米を入れた紙袋が濡れるので、

お米を運ぶことができないんです。

 

農業って、本当にお天気に翻弄されるんですよ。

 

コンバインで稲刈りをし、収穫した籾は、

乾燥機に入れて、水分を減らし、水分調整をします。

 

 

収穫してから、すぐに乾燥機に入れないと、

お米が呼吸しているので、呼吸熱を出してお米が劣化します。

 

だから、稲刈り後は大急ぎで、お米を乾燥機に移すんです。

 

はざがけの自然乾燥とは、大きな違いです。

 

乾燥させるのは、水分が高いと、お米が長持ちしないからです。

長期保存するためには、水分を低くする必要があるんです。

 

 

農家の規模にもよりますが、乾燥機を2台、3台と、

持っている家もあるんですよ。

 

また、地域のライスセンターでは、大型の乾燥機を、

何台も設置して、大量の籾をどんどん乾燥機に入れて、

いっぱいになった乾燥機から、乾燥作業を始めます。

 

Photo by Natsuko Takehara
 

 

乾燥した籾は、籾摺り機という機械で、

籾殻と玄米に分けるんです。

 

この段階では、まだ玄米にごみが混ざっていることがあります。

 

わらのくずとか、小石とか、割れたお米のくずなどです。

これらが入っていたのでは、商品にできないのです。

 

石が入っていたなんてことになったら、大変です。

歯が欠けたなんて言われたら、PL法に引っかかってしまいます。

 

稲の穂にどうして石が入るのか?疑問に思いますよね。

 

稲刈りの前に、大雨や台風が来ると、

稲が倒れてしまうことがあるんです。

 

穂が土に触れていたり、

ひどい時にはべったりと寝てしまいます。

 

そういう場合は、稲を起こしながら刈り取りするのですが、

石が入る可能性が高くなるんです。

 

Photo by Natsuko Takehara
 

石抜き機という機械を通すことで、

石などの異物を取り除きます。

 

Photo by Natsuko Takehara
 

砕米取り機という機械もあり、

細かいごみや砕けて割れたお米が落ちて除かれます。

 

 

 

籾摺り機で籾を取り除いた玄米を、

こちらの農家では、1.7mのふるいにかけます。

 

 

収穫したお米は、粒の大きさや厚みは様々です。

 

 

粒の厚みが美味しさの決め手の一つになります。

ですから、まず、1.7mmのふるいで残るお米をより分けるんです。

 

次に、色彩選別機という機械にかけます。

 

Photo by Natsuko Takehara
 

この機械は、光のセンサーを使い、

色で、質の悪い米粒や異物を判別して、

空気銃のように、質の悪い米粒を

圧をかけた空気で跳ね飛ばして除いてくれます。

 

 

お米を買って食べる時に、

黒い斑点が付いたお米を見たことがありますか?

 

多くの人は見たことが無いと思いますが、

カメムシがお米の汁を吸った後に黒い斑点ができます。

 

これが、農家に対して高い基準値をかけているため、

ネオニコチノイド系の農薬を大量に使用させる元凶になっています。

 

本当は流通で取り除くので、問題ではないはずです。

 

 

消費者が斑点の無いお米を求めているから、

ネオニコチノイド農薬をたくさん撒きましょう!

と、農薬を撒くことが消費者のせいにされているのを

ご存知でしょうか?

 

 

 

色彩選別機は大豆や小豆にも使われている機械です。

 

ですから、売られているお豆も、お米同様にきれいなんです。

 

豆類の場合は、その後に磨きをかけるんです。

だから、市販のお豆はピカピカできれいなんです。

 

 

最後にもう一度ふるいにかけました。

 

1.9mmのふるいです。

厚みが1.9mm以上のふっくらしたお米だけ、

取り出そうというわけなんです。

 

 

市販されているお米では、1.8~1.85mmのふるいを

使うことが多いんです。

 

 

それより小さなお米は、くず米として業者い引き取られるんです。

 

 

約25俵(1俵は60kg)のお米の調整をして、

稲刈り直後の乾燥は別として、約2時間でした。

 

 

電気や灯油、機械が無いと、お米という商品にならないんですよ。

 

 

これが、現代農業の大きな問題でもありますね。

 

 

こうしてできた玄米は、通常は紙袋に入れて保存されます。

 

 

紙袋だと、水分が変動しやすいので、保管方法や温度によっては、

保管しているうちに、味や品質に変化が起こってしまいます。

 

 

それで、特殊な袋に入れました。

 

Photo by Natsuko Takehara
 

この袋には、もみ殻の成分であるケイ酸が入っていて、

もみ殻貯蔵と同じような効果があるんです。

 

水分の変化が少なくてお米の劣化が起こらずに済むんですよ。

 

 

大昔のお米が遺跡から出て来るのは、

もみ殻が付いていて、保存状態が良かったためのことが多いそうです。

 

この袋、お米や穀類、豆類の保管にも良いんです。

 

 

この素材でできた袋に野菜を入れて冷蔵すると長持ちします。

 

 

ケイ酸には光触媒作用というのがあり、わずかの光に反応して、

生の食品の鮮度を保ち、穀物の熟成を良くする働きがあるそうです。

 

保存が長くなると、玄米の味が良くなる?とも言われています。

 

いよいよ、今夜は特別な不耕起の新米の試食ですよ~~。

 

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NPO法人ふるさと回帰支援センター

ふるさと回帰支援センター訪問

 

有楽町のNPO法人ふるさと回帰支援センターを

取材を兼ねて見学しました。

Photo by Natsuko Takehara
 

県ごとにブースがあり、担当の方がいます。

 

移住や仕事、農業などの研修や見学会、

地域の特徴や福祉関係の情報などが自由に見られます。

 

資料もたくさんありますよ。

 

資料をもらい、何人かの担当の方とお話して来ました。

 

今年は、茨城の田んぼへ、

田植え、除草、稲刈りに行ったので、

茨城のブースで、ふるさと県民証を作ってもらいました。

 

Photo by Natsuko Takehara

 

茨城県内のレンタカー、宿泊施設、

茨城マルシェというアンテナショップで、

割引が受けられます。

 

県外の人限定です。

 

茨城移住なび というウェブサイトでも、

無料で申し込めますので、茨城に行く予定だったら、

作っておくと良いかもしれませんよ。

 

昨日まで、新潟に行っていたので、

新潟のブースで、話が盛り上がってしまいました。

 

Photo by Natsuko Takehara
 

次の機会には、別のブースへも、

お話を聞きに来たいです^ ^

 

私も田舎暮らし実践中で、

今までも、たくさん相談に、対応して来ました。

 

これから、田舎暮らしや農業を始めたい人や、

すでに始めたけど、悩みを持つ人と、

コミュニティ活動をしていきます。

 

Photo by Natsuko Takehara
田舎暮らしや、農業に関心がある方は、

有楽町にも、行ってみると良いと思います。

 

東京駅から千葉の家へ

 

NSX、今日もありました。

Photo by Natsuko Takehara
パンフ、いただきました)^o^(

 

やっぱり、カッコいいなぁ。

 

きれいで品の良い赤だなぁ!

 

Photo by Natsuko Takehara
 

で、私は、徒歩駆け足で、高速バス乗り場へ…

 

そろそろ、人混み疲れで、電池きれそうです。

 

新潟では、毎日、朝5時前に起きて、

夜中に、PCで写真整理してたから。

 

東京は、人が多いからそれも疲れるんだな~。

 

やっぱり田舎がいい!

 

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一家団欒 うちの子が一番!

うちの子が一番!

 

昨日は、東京泊まり。
久々の家族団らん。

家族は、主人と娘が2人。

 

Photo by Natsuko Takehara
 

Photo by Natsuko Takehara

 

やっぱり、うちの子は可愛い💕です。

 

Photo by Natsuko Takehara
 

お土産は、爆弾おにぎりです。💣🍙

 

Photo by Natsuko Takehara
 

この日、TV番組の録画をやっと見ることができました。

 

私が不耕起栽培用のイネの苗を送っている、

三重県の日本料理「朔」のご主人、

沓澤さんが取り上げら得た、

クロスロードというドキュメンタリー番組です。

 

TV東京クロスロードより
TV東京クロスロードより


TV東京クロスロードより
TV東京クロスロードより


 

ある時から、苗の注文を頂くようになりました。

 

三重県津市に移住して、自然の中に納屋を改造した、

カウンターだけの日本料理店を作り、

素晴らしい創作料理と食材の物語、沓澤さんのお人柄で、

お客様を魅了している方です。

 

TV東京クロスロードより
TV東京クロスロードより


 

お店で出すお米は、もちろん自分の田んぼのお米です。

 

一度会いに行かなくっちゃと思っています。

 

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2016年秋 新潟の日本一高いお米 稲刈り取材へ3

十日町は朝から雨でした

 

今朝は☔️に…。

やはり、昨日は超ラッキーだったのです。

 

天気になると念じ、自分を信じることで実現できました。

 

Photo by Natsuko Takehara ナメコが、喜んでいました。

後で教えてもらったら、イグチ茸の仲間でした。

ヌメリイグチという食べられるキノコです。

 

Photo by Natsuko Takehara


そういえば、ナメコは倒木や枯れ木に出て来るキノコだものね。

キノコだけに、見た目で勘違いは危険です。

 

Photo by Natsuko Takehara



雨降りの田んぼも、静かでよいですよ。

 

越後湯沢駅で

 

東京へ向かいます。

越後湯沢駅で、新幹線🚄に乗りました。

 

待ち時間に、新潟の海産物をいただきました。

 

駅構内の回転すし屋さんですが、

ネタはとても良いと思います。

 

マスのにぎり。

Photo by Natsuko Takehara
 

サーモンはよくあるけど、マスのにぎりは地元ならではかなあ?

 

Photo by Natsuko Takehara
 

中トロ、牡丹エビ、赤貝、イクラ、ウニ。

 

Photo by Natsuko Takehara
 

涙巻は、やめておきました。

 

これって、どんなものですかと聞いたら、

食べなきゃならなくなるんじゃないかって思ったのです。

 

涙巻きが好きな人に教えてもらいました。

 

わさび巻きのお寿司だけれど、

お店によって、シソが入っていたり色々で、

意外なおいしさだそうです。

 

 

駅構内の人気の利き酒やさんのぽんしゅ館。

人が倒れています!

 

Photo by Natsuko Takehara
 

ここに、酔っぱらいが、寝てる! のは、有名なんですよ。

あちこちに、酔っぱらいが、立っています。
取材した日本一のお米の稲刈りが終わりました。

 

天日干しが終わって、お米になるには、

まだかなりの日数が、かかります。

 

そこで…
お土産に新潟産コシヒカリの爆弾おにぎり🍙💣

 

Photo by Natsuko Takehara
 

注文しました〜〜(^。^)

 

Photo by Natsuko Takehara さて、私が注文したのは、どれでしょうか?

 

Photo by Natsuko Takehara
 

東京へ向かいます。

 

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お米が自由な値段で自由に販売できるようになるまでの道のり

食糧管理法(食管法)

 

現在は、いろいろなお米の流通があります。

 

現在は、と前置きする理由は、

1994年まで、お米を自由に販売することが、

法的に認められていなかったからです。

 

当時の法律は、食糧管理法(食管法)といいます。

食管法は1942年(昭和17年)に制定され、

1995年(平成7年)に廃止されました。

 

1994年まで、日本で生産されるお米は、

農家が自分の家家族や親族に食べさせる分以外、

すべて、国に納めなければならなかったのです。

 

お米は農協が集めて、国が買い取り、

農協を通じて農家に代金が払われていました。

 

食管法が生まれた背景には、

1939年(昭和14年)ごろから、

第2次世界大戦(大東亜戦争)にむけて、

世界の景気が悪化がありました。

 

日本でも、生活品の物価が急激に上昇しました。

 

日本中で物不足になり、お米、お酒、嗜好品、木炭などが、

次々と配給制度に切り替わっていきました。

 

当時、国民の食料を配布する制度が、

法律として整備される必要があったのです。

 

それで、すでに配給制になっていたお米は、

1942年(昭和17年)に制定された食管法で、

管理されるようになりました。

 

配給制度でお米を国民に割り当てていた時代です。

 

お米屋さんは、お米の配給所となっていました。

 

 

終戦後は、働き手が戦争でいなくなったこともあり、

日本の多くの水田が、すでに荒れ果てていました。

 

 

終戦当時、国が農家からお米を買い取る価格は1俵60円。

 

1946年(昭和21年)の金融封鎖や

国の改革のため、この年は、1俵210円。

 

その後、米の価格は倍々に値上がりし、

1948年(昭和23年)は、1500円。

 

値上がり幅は小さくなったものの、

1952年(昭和27年)には、3000円。

 

日本のお米の買取価格の推移 ⇒ 米価の変遷

 

まだお米が足りず、昭和27年に、

食料増産5ヵ年計画が打ち出され、

政府は農村改革に着手します。

 

 

資料提供:長野県農業総合試験場
資料提供:長野県農業総合試験場


 

補助金を付けて、新しい水田を開田し、

機械化農業を推進しました。

 

資料提供:長野県農業総合試験場
資料提供:長野県農業総合試験場


 

昭和30年代になると、高度成長時代に入り、

都市で働く人の収入が上がっていくのに合わせ、

農村の農業従事者の収入を上げるために、

政府のお米の買取価格は上昇していきました。

 

農協や農村からの陳情が議員の元に列をなしました。

 

農民票と呼ばれる選挙の票を地元議員が獲得するため、

米の買取価格を上げる交渉が国と行われました。

 

米余りと食管法のひずみ

 

水田地帯の農村の構造改革が進み、機械化が進んで、

お米の収穫量が増えていきました。

 

構造改革というのは、農業の機械化を進めるために、

水路を道路にし、水田の不揃いな形や大きさを整え、

農村の近代化を進めたものです。

 

 

基盤整備といって、水田の土地改良や

水をくみ上げて田んぼへ入れるための、

揚水施設の建設、

パイプラインの設置、

排水路の設置が進みました。

 

バルブをひねれば水が出て、

栓を抜けば水が抜ける仕組みが、

水田地帯に導入されていきました。

 

Photo by Natsuko Takehara
 

1961年(昭和36年)の農業基本法の制定で、

水田地帯の改革は一気に加速していきました。

 

資料提供:長野県農業総合試験場
資料提供:長野県農業総合試験場


 

米の政府買い取り価格も上がり続けましたが、

高度成長時代に入り、新しいものがどんどん生まれ、

物価も上昇していました。

 

1986年(昭和61年)、買い取り価格は、

3年間続いた18668円を最高値に、

どんどん下落していくことになります。

 

Photo by Natsuko Takehara
 

物の豊かさ、食べ物の豊かさが、

生活スタイルや食の多様性を生み出し、

国民がお米を食べる量が、減り始めていたのです。

 

にもかかわらず、

米の増産、水田地帯の構造改革は、

どんどん進められていきました。

 

誰もが、まだ右肩上がりの時代を、

疑うことすらしなかったのでしょう。

 

米の需要も、消費も、物価も、人口も、経済も・・・。

 

米の流通の自由化へ

 

1969年に、国は米の政府買い取りの制度の中に、

自主流通米という制度を導入しました。

 

米の買取価格を下げても、米が余り、

逆ザヤで赤字が増えたため、

国が米を全量買い取りできなくなりました。

 

今まで農協が集荷した農家のお米は、

国が全量買い取りしていたのですが、

一部を国を通さずに、直接米問屋に、

販売できるようにしたのが、自主流通米です。

 

米の増産が続く中、対処療法的な政策でした。

 

というのも、すでに政府を通さないで、

ヤミ取引を行う米問屋などの業者や

お米を産直する人が現れていたためです。

 

1970年、国は米の減反政策を打ち出します。

 

最初に打ち出されたのが、青田刈りでした。

 

収穫量を減らすために、収穫前のイネを、

刈り取りさせて米にさせない方法です。

 

稲作農業をしている農村に、

怒りと不安が走りました。

 

さらに、米を作らない田んぼを地域に割り当てる、

減反政策が行われるようになりました。

 

国が買い取るお米の一部は、緊急時に備えて、

国の保管倉庫で数年間保管されることになっていました。

 

それ以外の米は、政府米も自主流通米も、

お米屋さんで販売されていました。

 

どこに食管法が関与していたのか、

わからない状態が続きました。

 

食の安全を求める消費者運動が盛んになり、

野菜の宅配が勢いを伸ばしていきました。

 

そのような時代の中で、米農家の中にも、

米の産直を行いたいと考える人が増えていきました。

 

米の産直は食管法に触れる違法行為です。

 

しかし、1970年ごろにすでにヤミ米が流通し始めていて、

政府がもくにんを続けていました。

 

それを違法を承知で、米の宅配を試みる農家が、

東北を中心に現れたのです。

 

相変わらず国は黙認し続け、

積極的に、取り締まる気配はありませんでした。

 

1993年の大冷害

 

1993年、夏へ向けての気温が上がらず、

日照不足も重なり、20世紀最大級といわれる、

大冷害が起こりました

 

1930年(昭和5)~1934年(昭和9)、

1947年(昭和22)にも、

東北を中心に冷害が起きていましたが、

日本全体が不況に飲まれていた時代で、

詳しいことはわかりません。

 

 

産直の米販売者からは、

米が足りず値上げをせざるを得ないという、

手紙が何度も送られてきました。

 

スーパーの店頭から米が消えました。

 

日本ではお米の輸入を原則認めていませんでしたが、

国はアメリカ、中国、タイなどから、

お米を緊急輸入しました。

 

一時的に店頭に並んだのは、

中国産米とタイ米の抱き合わせの商品でした。

 

多くの人が、食べ方がわからずに、

タイ米を捨てたと言われています。

 

緊急時に備えて、各地の政府の倉庫に、

備蓄米があるはずでしたが、

倉庫の中は空でした。

 

翌年の豊作で、米騒動は納まりました。

 

どこからか、大量の1993年産米が出てきたそうです。

 

米余りから急激な米不足に陥り、

政府在庫の管理が不透明だったこともあり、

食管法が意味をなしていないことが、

明らかになりました。

 

1994年で食管法が廃止が決まり、

主要食糧の需給及び価格の安定に関する法律(食糧法)が、

食料方に替わって、翌年公布、施行となりました。

 

こうして、誰でもお米の販売ができるようになりました。

 

今は、様々なお米の流通経路が育ちました。

 

Photo by Natsuko Takehara
 

お米の価格は下落し続けています。

 

東日本大震災で一時的に上がったものの、

放射能への心配で、東北の米が売れず、

北海道や西日本の米に、消費者がむらがったためです。

 

その後もコメ価格は下落し、

魚沼産コシヒカリ、新潟産コシヒカリでさえ、

値下がりをしていきました。

 

2015年、全国のお米の卸価格は、

多くの地域で、過去最低を記録しました。

 

 

しかし、東日本大震災、原発事故、熊本地震で、

お米の収穫量が大幅に減ると、お米が高くなることは、

誰もが経験したわけです。

 

2016年のお米の価格も、熊本の減産もあり、

値段が少し上がっています。

 

もしも、大きな災害があれば、

再び配給に頼る時が来るかもしれません。

 

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