「クロスロード」タグアーカイブ

宇宙からのメッセージは日常にあふれている

大杉神社に不耕起栽培のお米を奉納しようとしたら

 

大杉神社にお米を奉納。

最適な瞬間に時間を調整してくれる不思議なお話です。
9月の大杉神社の月例会の日の早朝、

不耕起栽培のお米を作ってくれた人から電話がありました。 



大杉神社の月例会に行く日だろうから、

神様にお米を差し上げてきてほしいとのこと。

 


確かに、私とその人が偶然出合ったのは、大杉神社で、


そのあと、スピリチュアル系の仕事を一緒にやることになりました。


 

まったく私には感謝が欠けている、私は抜けていると思いました。




お米をギフト箱に入れたのですが、どうも頭が重くて、


思うように動けないでいました。


11時前には、余裕を持って着かなければいけないのに、


遅刻ギリギリ。

 


御祈願受付所にお米を預ける際、


今から始まるご祈祷には間に合わないので、

次の時間になりますとのこと。

 

あわてて、本殿に入り、他の方と合流しました。



月例会では、ご祈祷に参加させていただき、


その後、宮司さんのお話を聞き、直会(なおらい)をします。



直会は、神様の撤下のお神酒(この神社では夢酒という梅酒)と、


神様の撤下のお米をいただきます。

 

おかずは参加者の持ち寄りです。




 

ご祈祷中に気がついたのですが、

神様に奉納されるお酒などには、のしが付けてあります。

 

奉納と書いて、奉納した人の名前も書いてあります。


経験がないのは確かですが、


今までそれを、何度も見ていたのに、

お米を用意するときに、気がついていなかったのです。



 

直会を抜けて、12時からのご祈祷に受付へ行くと、

12時はお申し込みが無いので行われないとのこと。

 


この日は、お天気は雨で、
仏滅だから、

神社に来る方も少なく、申し込みが無ければ、

ご祈祷は行われないのです。



なんだか、これは、お米のお清め、奉納を

今日は、やってはいけないのか?なという気がしました。


 

のしを付けてないので、明日でもよいでしょうか?

のしを用意して出なおしましょうか?と受け付けで聞くと、

付けてこない人もあるので、

その場合はこちらで書きますとのこと。



 

直会が終わり、代表の宮司さんを囲んでおしゃべりしていると、

若い宮司さんが、今、お申し込みがあったので始めますよと、

2時ごろに、呼びに来てくださいました。

 


直会が始まる直前に月例会に来られた方が、


ご病気で、ご祈祷を申し込まれていたのです。


そのおかげもあり、


無事に、この日に、お米をお清めして、

奉納していただくことができました。



なぜ、すんなり11時に奉納できなかったのか?

 

私が月例会に行くのは、代表の宮司さんのお話が、

毎回、学びがある内容で、成功法則の話につながるからです。


しかも、なぜか私がその時に必要としていることの


ヒントが、毎回あるんです。


この宮司さんが来てから、神社はどんどん、


素晴らしい建物やお部屋ができたそうです。

 


今、建設中のトイレも、せっちんの神様のレプリカが置かれ、


各部屋に素晴らしい絵が施されるそうです。

 


原画を見せていただきました(ピンぼけ写真だけど)。


Photo by Natsuko Takehara
 

Photo by Natsuko Takehara
 

まだ現在は、観光バスはあまり来ないのに、

今から、運転手さんの休憩室も作るそうです。

 

観光バスの事故が多いから。


大杉神社にたくさん観光バスが来るようになったら、


せめてここで、30分でもゆっくりできるように、

シャワールームやマッサージチェアも設備すると語られます。

 

これって、引き寄せの法則を実践していると思うのです。

 

いつもは、時間前に神社に付けるのに、

今日はどうして、なかなか家を出られなかったのか?

 

用事があったわけでもありません。

 

偶然にも、11時に間に合わない上、

12時も13時も、ご祈祷が行われませんでした。

 

じつは、この世の中に偶然はありません。

全てのことは必然的に起こります。

 

ですから、見えないエネルギーが働いて、

14時に時間調整が行われたように感じました。

hokkyokusei2
Photo by Natsuko Takehara
 

家に帰って来てから考えました。



仏滅というのは、仏教に関係はなく六曜という歴注で、


神事とつながりもある陰陽道にあるもの。

 

では、なぜ、午前中はだめで、2時は良かったのか?

 

歴注は旧暦につけられたものだから、暦にヒントがあるのかな?

 

歴注とは暦に付けられる運勢とか吉凶の判断のことで、

陰陽五行からもきている、古代の統計学がもとです。

 

陰陽五行を自然哲学という解釈もありますが、

占いや天文学的な出来事の傾向の解釈は、

統計学で出したものなのです。

 

歴注は、六曜(ろくよう)、十二直(じゅうにちょく)、

二十四節、七十二候と細分化されます。

 

調べてみると、この日は六曜が仏滅、

二直が除(のぞく)、

二十四節が寒露(かんろ)となっていました。

 

寒露は太陽黄径195度の日をいいます。

 

太陽高黄径とは、地球から見た天を球に見立て、

太陽が天を移動する通り道の座標のことです。

 

時間によって座標が移動するわけです。

 

調べてみると、この日の11時は太陽黄径194.9974度

 

まだ、二十四節の寒露に、

なっていなかったことがわかりました。

12時、195.0386

13時、195.0997

14時、195.1208

 

14時は0.1ポイント寒露に入った座標です。

 

もしかして、本来の座標は4桁なのかもしれないです。

 

0と1の使い訳があるのだとしたら、

PCの2進法の世界みたいですね。

 

宇宙の仕組みは量子力学で解明されているけれど、

波と素粒子の0と1の世界です。

 

なんだか、関係がありそうに思えます。

 

六曜の仏滅の本来の意味は空(くう) 物滅 

空の状態から新しいことが始まる、又は、始める日

0の状態が仏滅の日です。

 

十に直の除(のぞく) 

障害を取り除く、祓い清めや祭祀をすると良い日

こちらも0の状態の日です。

 

二十四節の寒露 

霜になる前に露が集まる 何もない所から新しい事が始まる

0から1になる日のようです。

 

001がカウントされた時が14時という解釈ができます。

 

暦や歴注のことは良く知らなかったのですが、

歴注が良好に重なるように、何かの力が働いて、

どうも、時間調整をしていただいたようです。

 

感謝です。

 

hokkyokusei2
 

私は時間調整が起こり、この時間でなければ会うことが無いような

偶然のご縁ができたことが何度かあります。

 

電話をかけたら、相手が私の話をしているところだったとか、

十秒違えば会うことが無かったぐらい大混雑している

自動改札や地下通路で、旧友と一緒になったなどが、

私の人生では良く起こります。

 

 

たぶん、宇宙からのメッセージは、

日常にあふれているのだと思っています。

 

スポンサーリンク

2016年産の特別な不耕起栽培のお米のを食べてみた

新米を食べてみたよ

 

ご飯を炊きました。

新米を食べましたよ~。

 

Photo by Natsuko Takehara
 

せっかくなので、白米はガス釜で、

玄米は二重蓋の土鍋で炊いてみました。

 

お水は湧き水を汲んできました。

 

お味の方は・・・。

白米は、すっきりした味でした。

 

味としては、上出来だと思います。

 

玄米はかなり甘くて、うまうま~、でした。

 

Photo by Natsuko Takehara
味を文章で表現するのって難しいですね。

 

 

遠隔診断できる方は、写真でレベルを診れると思いますよ。

 

私が食味検査を山ほどやっていた時は、

同じ条件で炊かないといけないので、

数個の土鍋で湧き水を使って、2合ずつ炊いていました。

 

ひとりの農家さんが、田んぼごとに、

いくつかお米を送ってくるんです。

 

その頃は、秋から年末まで毎日食味、

冷凍庫の中が、お茶碗ではかって、

小分けしたごはんだらけでした。

 

食味を検査する時はどうやるのか

 

最初に一口、口に入れて、鼻を通る香りを診る。

 

熱いと味覚が変わるので、

湯気が出なくなってから口に入れ、そのままにします。

 

すると、舌の上に、甘みが感じられるようになります。

 

それから少し口の中で転がし、

その後、よく噛んで、どんな風に味が変化するかを診ます。

 

一般的にお米の食味って、食味計という機械で測るんです。

 

食味計にかけるのは玄米です。

 

Photo by Natsuko Takehara
水分やたん白、脂質、アミロースの量を分析して、

米の千粒の重量、青いお米や白く濁ったお米、

形が変形したり茶色に固まったお米、

カメムシによる斑点のあるお米、

そういうのの成分量や数字で、

100点満点で何点かを出すわけ。

 

でもね、機械の調整で、水分を15%をベストに設定するか、

14.5%に設定しておくかで、10%も数字が変わるの。

 

95点だ、98点だといっても、その時の設定が違えば、

評価も違ってくるわけなんです。

 

だから、人のべろ度計の方が、複雑な味わいや香りを、

判断するのはレベルが高いと思うわけです。

 

ソムリエがまさに、べろ度計の世界なのかもしれない。

 

香りと丸みを帯びてるとか、若いとか。

 

今の私は、体調がもとどうりじゃないから、

味覚においては、それほど当てにならないかもしれなけど、

それでも、それなりに甘み以外のかおりとか、違和感ないかとか、

もちもち感とかも、わかるわけなんです。

 

今回のお米、少し、炊くときの水加減が多かったみたいです。

 

とうぜん、味は薄まるよね。

 

でも、甘味はあるし味わいもあると思いました。

 

ごはんのおいしさを確認するのは、最終的には冷めてから。

 

より、甘味がはっきりして、もちもち感もあればOK.

 

冷めても美味しいのが、本来のお米です。

 

白米より、玄米の方が甘みが強いですね。

お焦げも美味しかったですよ♡

お焦げ、うま~。

Photo by Natsuko Takehara
 

お米はどうしておいしいの?甘いの?

 

お米の味の決め手は、サピオ層と胚乳にあります。

 

サピオ層というのは、玄米の皮のすぐ下にある薄い層で、

うまみの層のことなんです。

 

不耕起栽培ですと、玄米の皮の下に

サピオ層がしっかり作られます。

 

ご飯を炊く時の熱で、サピオ層でオリゴ糖が作られます。

胚乳をかんだ時の甘みよりも薄い甘みですが、

舌に乗せることで、サピオ層の甘みがわかりますよ。

 

無洗米は、たいへんもったいないことに、

このサピオ層まで削り取ってあります。

 

胚芽も完全になくなっていますよね。

 

胚芽のビタミンB1は、胚乳の糖質を吸収し、

エネルギーにするのに、必要な成分なんですよ。

 

芽が出て3枚の葉っぱが育つための

おっぱいが胚乳なんですが、

動物が食べる場合にも、

胚乳の栄養が吸収に寄与してるんですよ。

 

不思議な仕組みですよね。

 

 

お米は、噛めば噛むほど甘くなると言われています。

 

白米の甘みは、もともと含まれる糖質、

炊く時の熱での酵素反応でできる糖質もありますが、

口の中で、唾液の酵素で麦芽糖ができることで、

甘みを強く感じられるようになります。

 

玄米の方が甘いのは、水につける時間が長いことと、

皮が付いていて酵素が多いために、

加熱したときに、糖化がたくさん起こるようです。

 

玄米も、生でポリポリ食べると、わずかな甘みがあります。

 

玄米は、胚芽や皮がある分、味の成分もたくさんあります。

 

複雑に組み合わさり、加熱で変化して味も深いんですね。

たとえ無農薬だ、有機だといっても、肥料をやり過ぎのお米だと、

飲み込む直前に、わずかなえぐみを感じることもあるんです。

 

ある時、仲の良い農家さんが送ってきたお米を食味したら、

去年と味が違うわけ。

 

最後にわずかなえぐみが・・・。

 

その場で電話をかけて、「あんた、なにやったんや!!」

「田んぼに何入れたんや~~!!!」

(関西の農家なので、えせ関西人になる私。
ちなみに住んだことないのに本籍、芦屋市だったよ。)

 

なんと、干してあった収穫後の大豆の枝葉を、

軽トラ1杯、田んぼに入れたんだって。

 

「あほちゃうか~!! 米にチッソはあかんやろ~」

 

というわけで、お米が美味しいのは、こういう理由ですという、

雑学になりました。

 

このお米を食べてみたという方がいらっしゃったら、

こちらから → 支援サイト

 

スポンサーリンク

稲刈り後 籾はどうやってお米になるのか知ってる?

お米を乾燥した後の調整って?

 

稲刈りをする時は、

お米はまだ、籾の中に入った状態ですよね。

 

Photo by Natsuko Takehara
 

籾はどうやってお米になるのか知ってる?

 

 

いつも食べているお米がお米という商品になるまで、

どんな課程があるのか知っていますか?

 

photo-by-natsuko-takehara
 

茨木の不耕起田んぼのお米を、

千葉の不耕起ベテラン農家の作業場へ運んできました。

 

雨が長く続いたため、稲刈りが長引きました。

 

それに雨の日は、お米を入れた紙袋が濡れるので、

お米を運ぶことができないんです。

 

農業って、本当にお天気に翻弄されるんですよ。

 

コンバインで稲刈りをし、収穫した籾は、

乾燥機に入れて、水分を減らし、水分調整をします。

 

 

収穫してから、すぐに乾燥機に入れないと、

お米が呼吸しているので、呼吸熱を出してお米が劣化します。

 

だから、稲刈り後は大急ぎで、お米を乾燥機に移すんです。

 

はざがけの自然乾燥とは、大きな違いです。

 

乾燥させるのは、水分が高いと、お米が長持ちしないからです。

長期保存するためには、水分を低くする必要があるんです。

 

 

農家の規模にもよりますが、乾燥機を2台、3台と、

持っている家もあるんですよ。

 

また、地域のライスセンターでは、大型の乾燥機を、

何台も設置して、大量の籾をどんどん乾燥機に入れて、

いっぱいになった乾燥機から、乾燥作業を始めます。

 

Photo by Natsuko Takehara
 

 

乾燥した籾は、籾摺り機という機械で、

籾殻と玄米に分けるんです。

 

この段階では、まだ玄米にごみが混ざっていることがあります。

 

わらのくずとか、小石とか、割れたお米のくずなどです。

これらが入っていたのでは、商品にできないのです。

 

石が入っていたなんてことになったら、大変です。

歯が欠けたなんて言われたら、PL法に引っかかってしまいます。

 

稲の穂にどうして石が入るのか?疑問に思いますよね。

 

稲刈りの前に、大雨や台風が来ると、

稲が倒れてしまうことがあるんです。

 

穂が土に触れていたり、

ひどい時にはべったりと寝てしまいます。

 

そういう場合は、稲を起こしながら刈り取りするのですが、

石が入る可能性が高くなるんです。

 

Photo by Natsuko Takehara
 

石抜き機という機械を通すことで、

石などの異物を取り除きます。

 

Photo by Natsuko Takehara
 

砕米取り機という機械もあり、

細かいごみや砕けて割れたお米が落ちて除かれます。

 

 

 

籾摺り機で籾を取り除いた玄米を、

こちらの農家では、1.7mのふるいにかけます。

 

 

収穫したお米は、粒の大きさや厚みは様々です。

 

 

粒の厚みが美味しさの決め手の一つになります。

ですから、まず、1.7mmのふるいで残るお米をより分けるんです。

 

次に、色彩選別機という機械にかけます。

 

Photo by Natsuko Takehara
 

この機械は、光のセンサーを使い、

色で、質の悪い米粒や異物を判別して、

空気銃のように、質の悪い米粒を

圧をかけた空気で跳ね飛ばして除いてくれます。

 

 

お米を買って食べる時に、

黒い斑点が付いたお米を見たことがありますか?

 

多くの人は見たことが無いと思いますが、

カメムシがお米の汁を吸った後に黒い斑点ができます。

 

これが、農家に対して高い基準値をかけているため、

ネオニコチノイド系の農薬を大量に使用させる元凶になっています。

 

本当は流通で取り除くので、問題ではないはずです。

 

 

消費者が斑点の無いお米を求めているから、

ネオニコチノイド農薬をたくさん撒きましょう!

と、農薬を撒くことが消費者のせいにされているのを

ご存知でしょうか?

 

 

 

色彩選別機は大豆や小豆にも使われている機械です。

 

ですから、売られているお豆も、お米同様にきれいなんです。

 

豆類の場合は、その後に磨きをかけるんです。

だから、市販のお豆はピカピカできれいなんです。

 

 

最後にもう一度ふるいにかけました。

 

1.9mmのふるいです。

厚みが1.9mm以上のふっくらしたお米だけ、

取り出そうというわけなんです。

 

 

市販されているお米では、1.8~1.85mmのふるいを

使うことが多いんです。

 

 

それより小さなお米は、くず米として業者い引き取られるんです。

 

 

約25俵(1俵は60kg)のお米の調整をして、

稲刈り直後の乾燥は別として、約2時間でした。

 

 

電気や灯油、機械が無いと、お米という商品にならないんですよ。

 

 

これが、現代農業の大きな問題でもありますね。

 

 

こうしてできた玄米は、通常は紙袋に入れて保存されます。

 

 

紙袋だと、水分が変動しやすいので、保管方法や温度によっては、

保管しているうちに、味や品質に変化が起こってしまいます。

 

 

それで、特殊な袋に入れました。

 

Photo by Natsuko Takehara
 

この袋には、もみ殻の成分であるケイ酸が入っていて、

もみ殻貯蔵と同じような効果があるんです。

 

水分の変化が少なくてお米の劣化が起こらずに済むんですよ。

 

 

大昔のお米が遺跡から出て来るのは、

もみ殻が付いていて、保存状態が良かったためのことが多いそうです。

 

この袋、お米や穀類、豆類の保管にも良いんです。

 

 

この素材でできた袋に野菜を入れて冷蔵すると長持ちします。

 

 

ケイ酸には光触媒作用というのがあり、わずかの光に反応して、

生の食品の鮮度を保ち、穀物の熟成を良くする働きがあるそうです。

 

保存が長くなると、玄米の味が良くなる?とも言われています。

 

いよいよ、今夜は特別な不耕起の新米の試食ですよ~~。

 

スポンサーリンク

NPO法人ふるさと回帰支援センター

ふるさと回帰支援センター訪問

 

有楽町のNPO法人ふるさと回帰支援センターを

取材を兼ねて見学しました。

Photo by Natsuko Takehara
 

県ごとにブースがあり、担当の方がいます。

 

移住や仕事、農業などの研修や見学会、

地域の特徴や福祉関係の情報などが自由に見られます。

 

資料もたくさんありますよ。

 

資料をもらい、何人かの担当の方とお話して来ました。

 

今年は、茨城の田んぼへ、

田植え、除草、稲刈りに行ったので、

茨城のブースで、ふるさと県民証を作ってもらいました。

 

Photo by Natsuko Takehara

 

茨城県内のレンタカー、宿泊施設、

茨城マルシェというアンテナショップで、

割引が受けられます。

 

県外の人限定です。

 

茨城移住なび というウェブサイトでも、

無料で申し込めますので、茨城に行く予定だったら、

作っておくと良いかもしれませんよ。

 

昨日まで、新潟に行っていたので、

新潟のブースで、話が盛り上がってしまいました。

 

Photo by Natsuko Takehara
 

次の機会には、別のブースへも、

お話を聞きに来たいです^ ^

 

私も田舎暮らし実践中で、

今までも、たくさん相談に、対応して来ました。

 

これから、田舎暮らしや農業を始めたい人や、

すでに始めたけど、悩みを持つ人と、

コミュニティ活動をしていきます。

 

Photo by Natsuko Takehara
田舎暮らしや、農業に関心がある方は、

有楽町にも、行ってみると良いと思います。

 

東京駅から千葉の家へ

 

NSX、今日もありました。

Photo by Natsuko Takehara
パンフ、いただきました)^o^(

 

やっぱり、カッコいいなぁ。

 

きれいで品の良い赤だなぁ!

 

Photo by Natsuko Takehara
 

で、私は、徒歩駆け足で、高速バス乗り場へ…

 

そろそろ、人混み疲れで、電池きれそうです。

 

新潟では、毎日、朝5時前に起きて、

夜中に、PCで写真整理してたから。

 

東京は、人が多いからそれも疲れるんだな~。

 

やっぱり田舎がいい!

 

スポンサーリンク

一家団欒 うちの子が一番!

うちの子が一番!

 

昨日は、東京泊まり。
久々の家族団らん。

家族は、主人と娘が2人。

 

Photo by Natsuko Takehara
 

Photo by Natsuko Takehara

 

やっぱり、うちの子は可愛い💕です。

 

Photo by Natsuko Takehara
 

お土産は、爆弾おにぎりです。💣🍙

 

Photo by Natsuko Takehara
 

この日、TV番組の録画をやっと見ることができました。

 

私が不耕起栽培用のイネの苗を送っている、

三重県の日本料理「朔」のご主人、

沓澤さんが取り上げら得た、

クロスロードというドキュメンタリー番組です。

 

TV東京クロスロードより
TV東京クロスロードより


TV東京クロスロードより
TV東京クロスロードより


 

ある時から、苗の注文を頂くようになりました。

 

三重県津市に移住して、自然の中に納屋を改造した、

カウンターだけの日本料理店を作り、

素晴らしい創作料理と食材の物語、沓澤さんのお人柄で、

お客様を魅了している方です。

 

TV東京クロスロードより
TV東京クロスロードより


 

お店で出すお米は、もちろん自分の田んぼのお米です。

 

一度会いに行かなくっちゃと思っています。

 

スポンサーリンク


 

 

 

2016年秋 新潟の日本一高いお米 稲刈り取材へ3

十日町は朝から雨でした

 

今朝は☔️に…。

やはり、昨日は超ラッキーだったのです。

 

天気になると念じ、自分を信じることで実現できました。

 

Photo by Natsuko Takehara ナメコが、喜んでいました。

後で教えてもらったら、イグチ茸の仲間でした。

ヌメリイグチという食べられるキノコです。

 

Photo by Natsuko Takehara


そういえば、ナメコは倒木や枯れ木に出て来るキノコだものね。

キノコだけに、見た目で勘違いは危険です。

 

Photo by Natsuko Takehara



雨降りの田んぼも、静かでよいですよ。

 

越後湯沢駅で

 

東京へ向かいます。

越後湯沢駅で、新幹線🚄に乗りました。

 

待ち時間に、新潟の海産物をいただきました。

 

駅構内の回転すし屋さんですが、

ネタはとても良いと思います。

 

マスのにぎり。

Photo by Natsuko Takehara
 

サーモンはよくあるけど、マスのにぎりは地元ならではかなあ?

 

Photo by Natsuko Takehara
 

中トロ、牡丹エビ、赤貝、イクラ、ウニ。

 

Photo by Natsuko Takehara
 

涙巻は、やめておきました。

 

これって、どんなものですかと聞いたら、

食べなきゃならなくなるんじゃないかって思ったのです。

 

涙巻きが好きな人に教えてもらいました。

 

わさび巻きのお寿司だけれど、

お店によって、シソが入っていたり色々で、

意外なおいしさだそうです。

 

 

駅構内の人気の利き酒やさんのぽんしゅ館。

人が倒れています!

 

Photo by Natsuko Takehara
 

ここに、酔っぱらいが、寝てる! のは、有名なんですよ。

あちこちに、酔っぱらいが、立っています。
取材した日本一のお米の稲刈りが終わりました。

 

天日干しが終わって、お米になるには、

まだかなりの日数が、かかります。

 

そこで…
お土産に新潟産コシヒカリの爆弾おにぎり🍙💣

 

Photo by Natsuko Takehara
 

注文しました〜〜(^。^)

 

Photo by Natsuko Takehara さて、私が注文したのは、どれでしょうか?

 

Photo by Natsuko Takehara
 

東京へ向かいます。

 

スポンサーリンク

お米が自由な値段で自由に販売できるようになるまでの道のり

食糧管理法(食管法)

 

現在は、いろいろなお米の流通があります。

 

現在は、と前置きする理由は、

1994年まで、お米を自由に販売することが、

法的に認められていなかったからです。

 

当時の法律は、食糧管理法(食管法)といいます。

食管法は1942年(昭和17年)に制定され、

1995年(平成7年)に廃止されました。

 

1994年まで、日本で生産されるお米は、

農家が自分の家家族や親族に食べさせる分以外、

すべて、国に納めなければならなかったのです。

 

お米は農協が集めて、国が買い取り、

農協を通じて農家に代金が払われていました。

 

食管法が生まれた背景には、

1939年(昭和14年)ごろから、

第2次世界大戦(大東亜戦争)にむけて、

世界の景気が悪化がありました。

 

日本でも、生活品の物価が急激に上昇しました。

 

日本中で物不足になり、お米、お酒、嗜好品、木炭などが、

次々と配給制度に切り替わっていきました。

 

当時、国民の食料を配布する制度が、

法律として整備される必要があったのです。

 

それで、すでに配給制になっていたお米は、

1942年(昭和17年)に制定された食管法で、

管理されるようになりました。

 

配給制度でお米を国民に割り当てていた時代です。

 

お米屋さんは、お米の配給所となっていました。

 

 

終戦後は、働き手が戦争でいなくなったこともあり、

日本の多くの水田が、すでに荒れ果てていました。

 

 

終戦当時、国が農家からお米を買い取る価格は1俵60円。

 

1946年(昭和21年)の金融封鎖や

国の改革のため、この年は、1俵210円。

 

その後、米の価格は倍々に値上がりし、

1948年(昭和23年)は、1500円。

 

値上がり幅は小さくなったものの、

1952年(昭和27年)には、3000円。

 

日本のお米の買取価格の推移 ⇒ 米価の変遷

 

まだお米が足りず、昭和27年に、

食料増産5ヵ年計画が打ち出され、

政府は農村改革に着手します。

 

 

資料提供:長野県農業総合試験場
資料提供:長野県農業総合試験場


 

補助金を付けて、新しい水田を開田し、

機械化農業を推進しました。

 

資料提供:長野県農業総合試験場
資料提供:長野県農業総合試験場


 

昭和30年代になると、高度成長時代に入り、

都市で働く人の収入が上がっていくのに合わせ、

農村の農業従事者の収入を上げるために、

政府のお米の買取価格は上昇していきました。

 

農協や農村からの陳情が議員の元に列をなしました。

 

農民票と呼ばれる選挙の票を地元議員が獲得するため、

米の買取価格を上げる交渉が国と行われました。

 

米余りと食管法のひずみ

 

水田地帯の農村の構造改革が進み、機械化が進んで、

お米の収穫量が増えていきました。

 

構造改革というのは、農業の機械化を進めるために、

水路を道路にし、水田の不揃いな形や大きさを整え、

農村の近代化を進めたものです。

 

 

基盤整備といって、水田の土地改良や

水をくみ上げて田んぼへ入れるための、

揚水施設の建設、

パイプラインの設置、

排水路の設置が進みました。

 

バルブをひねれば水が出て、

栓を抜けば水が抜ける仕組みが、

水田地帯に導入されていきました。

 

Photo by Natsuko Takehara
 

1961年(昭和36年)の農業基本法の制定で、

水田地帯の改革は一気に加速していきました。

 

資料提供:長野県農業総合試験場
資料提供:長野県農業総合試験場


 

米の政府買い取り価格も上がり続けましたが、

高度成長時代に入り、新しいものがどんどん生まれ、

物価も上昇していました。

 

1986年(昭和61年)、買い取り価格は、

3年間続いた18668円を最高値に、

どんどん下落していくことになります。

 

Photo by Natsuko Takehara
 

物の豊かさ、食べ物の豊かさが、

生活スタイルや食の多様性を生み出し、

国民がお米を食べる量が、減り始めていたのです。

 

にもかかわらず、

米の増産、水田地帯の構造改革は、

どんどん進められていきました。

 

誰もが、まだ右肩上がりの時代を、

疑うことすらしなかったのでしょう。

 

米の需要も、消費も、物価も、人口も、経済も・・・。

 

米の流通の自由化へ

 

1969年に、国は米の政府買い取りの制度の中に、

自主流通米という制度を導入しました。

 

米の買取価格を下げても、米が余り、

逆ザヤで赤字が増えたため、

国が米を全量買い取りできなくなりました。

 

今まで農協が集荷した農家のお米は、

国が全量買い取りしていたのですが、

一部を国を通さずに、直接米問屋に、

販売できるようにしたのが、自主流通米です。

 

米の増産が続く中、対処療法的な政策でした。

 

というのも、すでに政府を通さないで、

ヤミ取引を行う米問屋などの業者や

お米を産直する人が現れていたためです。

 

1970年、国は米の減反政策を打ち出します。

 

最初に打ち出されたのが、青田刈りでした。

 

収穫量を減らすために、収穫前のイネを、

刈り取りさせて米にさせない方法です。

 

稲作農業をしている農村に、

怒りと不安が走りました。

 

さらに、米を作らない田んぼを地域に割り当てる、

減反政策が行われるようになりました。

 

国が買い取るお米の一部は、緊急時に備えて、

国の保管倉庫で数年間保管されることになっていました。

 

それ以外の米は、政府米も自主流通米も、

お米屋さんで販売されていました。

 

どこに食管法が関与していたのか、

わからない状態が続きました。

 

食の安全を求める消費者運動が盛んになり、

野菜の宅配が勢いを伸ばしていきました。

 

そのような時代の中で、米農家の中にも、

米の産直を行いたいと考える人が増えていきました。

 

米の産直は食管法に触れる違法行為です。

 

しかし、1970年ごろにすでにヤミ米が流通し始めていて、

政府がもくにんを続けていました。

 

それを違法を承知で、米の宅配を試みる農家が、

東北を中心に現れたのです。

 

相変わらず国は黙認し続け、

積極的に、取り締まる気配はありませんでした。

 

1993年の大冷害

 

1993年、夏へ向けての気温が上がらず、

日照不足も重なり、20世紀最大級といわれる、

大冷害が起こりました

 

1930年(昭和5)~1934年(昭和9)、

1947年(昭和22)にも、

東北を中心に冷害が起きていましたが、

日本全体が不況に飲まれていた時代で、

詳しいことはわかりません。

 

 

産直の米販売者からは、

米が足りず値上げをせざるを得ないという、

手紙が何度も送られてきました。

 

スーパーの店頭から米が消えました。

 

日本ではお米の輸入を原則認めていませんでしたが、

国はアメリカ、中国、タイなどから、

お米を緊急輸入しました。

 

一時的に店頭に並んだのは、

中国産米とタイ米の抱き合わせの商品でした。

 

多くの人が、食べ方がわからずに、

タイ米を捨てたと言われています。

 

緊急時に備えて、各地の政府の倉庫に、

備蓄米があるはずでしたが、

倉庫の中は空でした。

 

翌年の豊作で、米騒動は納まりました。

 

どこからか、大量の1993年産米が出てきたそうです。

 

米余りから急激な米不足に陥り、

政府在庫の管理が不透明だったこともあり、

食管法が意味をなしていないことが、

明らかになりました。

 

1994年で食管法が廃止が決まり、

主要食糧の需給及び価格の安定に関する法律(食糧法)が、

食料方に替わって、翌年公布、施行となりました。

 

こうして、誰でもお米の販売ができるようになりました。

 

今は、様々なお米の流通経路が育ちました。

 

Photo by Natsuko Takehara
 

お米の価格は下落し続けています。

 

東日本大震災で一時的に上がったものの、

放射能への心配で、東北の米が売れず、

北海道や西日本の米に、消費者がむらがったためです。

 

その後もコメ価格は下落し、

魚沼産コシヒカリ、新潟産コシヒカリでさえ、

値下がりをしていきました。

 

2015年、全国のお米の卸価格は、

多くの地域で、過去最低を記録しました。

 

 

しかし、東日本大震災、原発事故、熊本地震で、

お米の収穫量が大幅に減ると、お米が高くなることは、

誰もが経験したわけです。

 

2016年のお米の価格も、熊本の減産もあり、

値段が少し上がっています。

 

もしも、大きな災害があれば、

再び配給に頼る時が来るかもしれません。

 

スポンサーリンク

日本一高い米の生産者、戸邊秀治さん 戸邊農法とは? その5

戸邊流生玄米ダイエット

 

戸邊さんが薦めている生玄米の食べ方があります。

 

ダイエットにもなるそうです。

ダイエットでなくてもいいんですけどね。

生玄米をどうして戸邊さんがすすめるのか?

お話をしていただきました。

 



 

今の時代、お米が余っています。

 

外国から、たくさんの食料が輸入され、

お金で食べ物を買うことができ、

お米以外の物をたくさん食べるようになているからです。

 

戸邊さんがいつも懸念しているのは、

もしも輸入が止まってしまったら、

日本人は飢えてしまうということなんです。

 

 

しかも、食べ物の生産のためにたくさんの燃料や、

化学肥料などの輸入の材料が必要です。

 

それが入って来なければ、お米を食べるしかないけれど、

お米の生産量が減っているので、

どうやれば効率よく食べることができるのか、

考え続けた末に、生玄米食にたどり着いたというわけなんです。

 

美味しいお米の生玄米は、

思ったより食べやすく、噛んでいると甘みが出ます。

 

 

一度試してみてくださいね。

 

戸邊家のエネルギー削減の仕組み

 

戸邊さんのお宅の節電、節エネルギーの仕組みを

ご紹介しますね。

 

これぞ戸邊流のエネルギー自給、

核廃棄物減量、節エネルギーライフだよ~~


 

どうでしたか?

 

戸邊さんの発想の豊かさ、ユニークな工夫に、

感心しますよね。

 

戸邊さんご自身はもちろん、息子さんたちが、

時間がある時に、薪割をしているんです。
戸邊さんが、この動画の中で何度も言っている事は、

もしも輸入が止まったら?

外国から原料が買えなくなったら?

と、いうことなんです。

 

これからの日本はどうなる?心配なこと

 

 

今の日本の心配事は、それだけではありませんよね。
借金だらけの日本国通貨が暴落したら?

第2のリーマンショックで大企業や銀行の倒産が相次いだら?

南海トラフで大地震と大津波が起きたら?
悪い事は起きて欲しくないけれど、

過去に起きたことを思い出して、

常に備える必要があるんです。
万が一の時には、東日本大震災の時のように、

スーパーの棚から食品も飲料も消えてしまう。

 

ライフラインが途切れてしまう。

 

私たちはすでに、その経験を味わいました。

 

 

これから先の懸念は大きく2つあります。

 

ひとつは、東海トラフで起きる大地震と津波です。

 

現在、2016年10月を起点にすると、

最短では、2年2か月後の2019年1月に、

三重県沖で発生するという予想があります。

 

前回の

南海トラフの地震から67年たっており、

70年に1度の割合で起こるとされていることや、

能力者の意見からそう考えられます。

 

東北と台湾、九州のプレートのひずみは解消したので、

その間の南海トラフのひずみが、

修正されずに残されています。

 

信じるかどうかは、あなた自身で決めて下さい。

 

資料:内閣府防災
資料:内閣府防災


 

日本の経済が破たんしたとしたら、

輸入が止まります。

原子力発電や火力発電だと原料は輸入。

水道水を作るためのアルミニウムや活性炭も輸入。

ガスや石油も原料は輸入。

食べ物に関していえば、

国が発表している食料自給率はごまかしです。

細かいことを説明すると長くなるからやめますが、

80~90%の食料は外国に頼っていると言っても、

たぶん過言じゃないんです。

 

津波が来ない中山間地に移住して、

農的暮らしの準備をすることが、

生き残りにつながるように思います。

 

米と塩と大豆と食べる分の野菜を

自分で作ることができれば、食べていけます。

 

湧き水や渓流の水があれば、

井戸水や小さな緩速ろ過池を作れば、

水の確保ができます。

 

薪や炭、小さな太陽光パネル、

電池を少し多めに用意しておけば、

燃料は何とかなります。

 

コミュニティを作って、生き残りを考える時が、

来ているように思います。

 

スポンサーリンク

日本一高い米の生産者、戸邊秀治さん 戸邊農法とは? その4

マコモの田んぼ

 

長い一日が終わり、手作りの夕食を楽しみました。

田んぼのマコモや畦のヨモギ、畑の野菜などのおもてなし。

 

Photo by Natsuko Takehara
 

マコモはアジアでにされてきたイネ科植物です。

稲、ヨシ、ガマ、マコモは、日本では伝統的に使われてきたんです。

 

マコモの根元の茎は、昔から食用とされてきました。

 

Photo by Natsuko Takehara
 

黒い斑点は、共生している微生物(黒穂菌、マコモダケ)に、

よって作られるものだと言われています。

 

このマコモの田んぼは、マコモを商売にしようとした人が、

放棄したところだそうです。

 

Photo by Natsuko Takehara
伝統的なマコモの利用とは別に、

近年変な使い方が提唱されているようですが、

科学的根拠があるわけではないようです。

 

この田んぼも、

狂信的な信者さんがいるので、マコモが売れると聞いて、

商売にしようとしたらしいです。

 

結局、マコモがどういうもので、

どうやって販売するのかわからなくて、

放棄してしまったようです。

 

稲を作る田んぼを、

ヨシやガマ、マコモの田んぼと一緒にする、

或いは、それらを作る場所にすると、

稲を作る田んぼの状態に戻すのは大変です。

 

昔の人はそれを知っていたのでしょう。

別々の用途の植物を、それぞれ別にして育てていたようです。

 

湿地に生えるこれらの植物を残すために、

田んぼにしないでおいたのでしょうね 。

 

田んぼや湿地のイネ科の植物たち

 

稲、マコモ、ヨシ、ガマ、

これらのどの植物にも共通するのは、

イネ科であり、水質浄化作用を持つことです。

 

泥の中に根を張り、あるいは地下茎を伸ばし、

その周りにたくさんの微生物や微小生物、

藻類などが育つので、生き物による水浄化が起こります。

 

これは生物ろ過の理論と通じるところがあります。

 

生物ろ過とは、水道水を作るための緩速ろ過の仕組みです。

 

資料提供:中本信忠
資料提供:中本信忠


化学浄化による水道水が出て来る前は、日本中の水道は、

緩速ろ過で作られ、生で、塩素も入れずに飲める美味しい水が、

作れる仕組みでした。

 

資料提供:中本信忠
資料提供:中本信忠


 

もちろん維持管理コストは、ほとんどかからないので、

現代の経済社会から、金にならないために、

消されてきた歴史があります。

 

資料提供:中本信忠
資料提供:中本信忠


 

ただし、皇室で使われる水道水は、

今でも、緩速ろ過水です。

 

その緩速ろ過と同じ、水浄化の仕組みをもつ植物たちが、

田んぼに育つ植物たちです。

 

戸邊さんの田んぼは1年中水を張っていて、

田んぼを耕さないので、まさに緩速ろ過池と同じです。

 

 

これらの植物は、

日本の神話や伊勢神宮をはじめとする神事とも、

関係が深いです。

 

ヨシ(葦)はヨシズや紙、建築材料など幅広く使われますが、

薬用としても使われてきました。

 

マコモ(真菰、真薦)も同じように、食用と薬用、神事に使われました。

 

マコモを編んでコモ(薦)というむしろのような敷物を作り、

マコモに共生している黒穂菌は、

お歯黒や眉墨、漆器などの顔料に使われてきました。

 

 

では、ガマは・・・? 知っていますか?

 

 

いなばの白兎が、毛皮をはがれた時に大国主に助けられて、

ガマの穂で治してもらうのですが、

昔から、花粉が生薬として用いられきました。

 

利尿作用があるほか、止血ややけどに使われていたそうで、

大国主が白兎に教えたのはこれだったようですね。

 

布団の材料にもなっていたのは、あまり知られていません。

蒲 蒲団  イメージがわきますか?

 

蒲の穂が熟して、ほぐすと綿みたいになるんです。

 

熟した穂が、ほかの日用品にも使われ、

茎や葉がすだれやかごを編むのに使われていました。

 

というわけで、雑学が長くなりました。

 

 

今夜はマコモとヨモギもしゃぶしゃぶでした。

生姜とお味噌でいただきました。

 

収穫して食べる、これが一番の贅沢ですね。

さらに、マコモの炭火焼 超おすすめの食べ方です。

 

Photo by Natsuko Takehara
 

Photo by Natsuko Takehara
 

こちらもお味噌を付けましたが、

何もつけなくても、甘くて柔らかくておいしかったですよ。

 

ぜひ、お試しあれ。

 

スポンサーリンク

日本一高い米の生産者、戸邊秀治さん 戸邊農法とは? その3

雨の予報が晴れ!

 

2016年9月 新潟県十日町市に来ました!

 

1夜明けて、午前5時前、天気は・・・❓

Photo by Natsuko Takehara
 

日の出は、5時半過ぎです。

 

Photo by Natsuko Takehara
 

念じていた、信じていたかいがありりました。

 

雨が上がっていたんです。

雪女(晴れ女)の念が、通じたようです。

 

なぜ、雪女で晴れ女なのか?

 

取材やイベントなどを計画・企画したときに、

雨の予報でも降られたことが無いのです。

 

ところが、若い時からゲレンデに行くと、

大雪や吹雪になりました。

 

自分がスキーをするためではなく、

甥っ子を連れて行っても、

翌朝は車が雪に埋もれていました。

 

これで、地元の小学校の運動会もOKです。

 

日の出とともに田んぼへ行きます。

 

戸邊さんの田んぼの稲刈り

 

 

今、田んぼへ来ています。

 

Photo by Natsuko Takehara
 

きれいでしょう?

来て良かったです。

 

photo by Natsuko Takehara
 

新潟県内でも、こんな天日干しを

しているところは、ないと思います。

 

Photo by Natsuko Takehara
 

今は、天日干しをしていますと言っても、

途中から乾燥機で調整する方が、多いからです。

 

はざがけで天日乾燥する場合、乾燥具合の管理し、

お米をちょうどよい水分量にするまで、

手間がかかり、感を養わないと、

上手く、むらなく乾燥させることが出来ません。

 

稲の栽培技術だけで、

お米が商品になるわけではないのです。

 

稲刈りをして、乾燥を始めるから、

日本一のお米として、毎年同じ品質で出荷できるように、

本当に良く稲を見て、商品化を行っていくのです。

 

人と稲と自然が調和している戸邊さんの田んぼ

 

食べられるのは当たり前だと思っているお米。

 

でも、もし石油系の燃料や化学肥料、農薬を

日本が買うことができ無くなれば、

日本のお米の多くは、作れなくなるんです!

 

そんなことになっても、お米が作り続けられる方法を模索し、

戸邊農法が作られてきたのです。

 

Photo by Natsuko Takehara
 

私が今来ている新潟県十日町の戸邊さんの田んぼは、

農業機械を一切使わないで稲の栽培を行っています。

 

ビニールハウスさえありません。

 

トラクターもコンバインも乾燥機もありません。

 

作業はすべて、家族の手作業です。

 

とことん、効率の良さとやりやすさ、

身体への負荷のかからなさを、追求した作業方法です。

 

Photo by Natsuko Takehara
 

肥料も買っていません。

 

ただ、勘違いしないでください。

 

勘違いで、無肥料栽培を良しとする人が多いのですが、

稲を痛めつけて老化させて、無肥料で栽培することが、

良いことではありませんから。

 

苗のうちに肥料不足で老化させ、

本来の稲の強さを出し切れないのに、

勝手に、窒素固定菌が肥料を与えているなど理由をつけ、

検証の無いことをしている人が多いからです。

 

戸邊さんの場合、そういう苗いじめは、していないのです。

 

有機栽培でもありません。

 

有機認証制度というルールが守られていれば、

肥料過多の作物も、肥料欠の作物も有機栽培になります。

 

認可された農薬を使うこともできるわけです。

 

有機栽培だからい良い、有機栽培は全て良いと

いうわけではないことを知ってください。

 

戸邊さんの技術はすべて、

実践してきた作業や経験から生み出された、

再現性の高い、

自然循環の仕組みによって成り立っています。

 

戸邊さんの田んぼでは、

自然循環と人の仕事が調和しています。

 

稲の育つ環境を人が作り上げています。

だから、肥料を入れません。

 

稲と人の意思疎通ができているような環境です。

 

最高に良い作業効率を考え、環境を考え、

燃料をできる限り使わない方法を考え、

稲のことを考えて、生まれて来た環境です。

 

考えて考えた末に、

やらなくてよいことをも、決めています。

 

 

田んぼに生えている草は、

普通の無農薬の田んぼに生えているような、

稲の肥料を奪ってしまう草ではありません。

 

ほとんどが、絶滅危惧種で、めったに見ることの無い水草ばかりです。

 

 

きっと、昔の人は、今の田んぼに生えているような、

草と戦っていたわけではないのでしょう。

 

ここでは草さえも、稲と田んぼとの調和に見受けられます。

水と光、土と稲、どれもが調和し、美しい限りです。

 

Photo by Natsuko Takehara
 

田んぼを借りて、稲を作り始めた当初は、

戸邊さんの田んぼにも草がたくさん生えたそうです。

 

年々、稲の肥料を奪う草が減っていったそうです。

 

 

戸邊さんの田んぼには一年中、水が張ってあります。

 

Photo by Natsuko Takehara
 

専門的には、周年湛水といいます。

 

ですから、稲刈りも、水がある田んぼで行います。

 

雨の日でも、稲刈りが行われています。

 

稲刈りも稲を運ぶのも、水のある田んぼの方が、

作業が楽で、腰が痛くなることもないそうです。

 

Photo by Natsuko Takehara
 

30歳で自給自足を目指し、挫折し、

都会に戻り、0からやりなおし、

それでもあきらめずに、追求して、

何年もかかって、今日に至っています。

 

 

工夫と体験と改善を毎年のように繰り返して、

結果としてここまで美しく、

日本良いと評価を受けるまでになりました。

 

 

その道のりと努力、学びの意欲に、

敬意を示してほしいと思います。

 

前向きな姿勢や努力、学びを、

田んぼを始めるなら、続けて欲しいと思います。

 

日本一の米の生産者の元に来て、

農業ならなんとできるだろう、

同じようなことがすぐできるようになるだろうと、

言葉で教えてもらえばわかるだろうと考えるのは甘すぎます。

 

 

日本一に学ぶつもりであれば、

それだけの姿勢や努力を持ってください。

 

これから、田んぼを始めたい方がいたら、

是非、この田んぼの成り立ちに、

素晴らしい戸邊農法が生まれるまでの過程に、

敬意を持って学んでほしいと思います。

 

こんな素晴らしい農法を構築してくれたのですから。

感謝!

 

 

スポンサーリンク