社会実験派旅人が指摘する 7000万人分の食べ物を1年間に捨てる日本

日本人は1年簡易7000人分の食べ物を捨てている

7000万人が1年間食べられる量が廃棄されている日本の現状

その現状を戸田慶一さんが公式ブログに書かれました。

 

%e6%88%b8%e7%94%b0%ef%bc%92

日本が高く買い、買えない国には飢えがある。

今始まったことではありません。
いくら生ごみのたい肥化を進めても、

大元は法的な「期限表示義務」、

売り手は「廃棄」自主的な義務付けで本末転倒です。

五感が鈍り、食べ物が傷んでいても気がつかない人が増え、


食中毒は、多くが人災ということもあるので、

一見、表示義務でカバーしているようでありながら、

都合よく大量消費を促しているのではないかという気がします。

 

食べる、手作りすることで、五感が養われます。

 

手触り、舌触り、食感、触感、温度、臭い

それらが脳に伝わります。

 

五感は生きるために与えられた機能です。

 

食べることを大事にしない、傷んでもいないものを捨てる、

外国の多くの餓死する子どもたちをしり目に、

日本人は、私たちは何をやっているんでしょうか?

食べるという行為の意味

 

私が行く、大杉神社の月例会では、

神様にお供えをした後のお米(撤下米:てっかまい)を

昼食にいただきます。

 

おかずは、参加者の持ち寄りです。

 

この月例会の直会(なおらい)には、

定期的な参加者のほかに、

直会の後で、宮司さんに相談があるため、

単発で参加される方もいます。

 

私たちは、残ったおかずを持って帰るための、

袋やラップなどを用意しているので、

その方たちの席にも差し上げるのですが、

持ち帰ろうとしないで、片付けもしないで置いて席を立ちます。

 

残り物を置いていく、捨てる習慣しか知らないのでしょう。

一緒に席にいるご家族も、なんとも思わないようです。

 

なぜ、保存袋やパックを渡されるのか考えることもない。

むしろ、迷惑に思っているのかもしれません。

 

月例の会ならどこでも、毎月来られている方々が、

守っておられる共通の認識やルールがあるものです・・・。

 

Photo by Natsuko Takehara
 

撤下米も、どなたかがお金をかけて栽培したお米。

 

持ち寄りのおかずは、

持ってきた方が自費で材料を用意し、

朝早くから手作りして、持って来られたもの。

 

 

神事では、ご祈祷の後におこなわれるお食事会を、

直会(なおらい)といいます。

 

直会とは・・・

 

ご祈祷の後に、神様と同じものを飲食し、

神々の恩頼(みたまのふゆ)、

つまり、御霊の恩恵、生きる力、パワーを

分けて頂くこと。

 

直会(なおらい)とは、直り合うこと。

 

神職が儀式を終えて元の世界に戻ることでもあるのですが、

神様と同じものを味わい、お互いに供することなんです。

 

 

日常の食べるという「儀式」は、

生きものの命をいただく(食べる)と同時に

神様から命をいただく儀式なのだと思います。

 

日々の食事は、元をたどっていくと、

生きていくための神事だったねんですね。

 

すると、

食べ物を残して捨てる、とはどういうことなのか?

 

その意味が解りますよね。

 

スポンサーリンク