2015年8月19日に死んでいた

人生最悪の2015年 

 

2015年の始まりから体調がすこぶる悪くなっていきました。

 

特別にどこかが悪かったわけではありません。

 

 

 

PCの前に座っているのもつらくて、

寝込みがちの毎日でした。

 

 

新しい仕事がいくつか始まっていたため、

PCを布団の枕もとに引きずりよせて、

仕事をしていました。

 

 

道の駅がオープンを控えていたため、

商品のサンプルを作ってみたりして、

作業にも追われていました。

 

道の駅のオープン前の4月中旬、

新しい建物の2階で、バーコードなど、

ラベルの打ち出しの説明会がありました。

 

新しい建物の嫌な臭い。

 

 

説明が始まって5分後、階段を駆け下り、

1階の店へ行きました。

 

目がちかちかし、鼻の奥と胸が痛い。

胸が苦しくてクラクラする。

 

 

それから5日以上、頭痛と胸の痛み、吐き気などで、

寝込んでしまいました。

 

役場に行って担当者に話しても、

シックハウス症候群を誰も知らないんです。

 

すべての市町村に、

県から国の通達が来ているはずなのに。

 

 

知り合いに話しても、

「大変でしたね。臭いですか?」

と言われる程度の認識です。

 

当然、アナフィラキシーショックも知らないと思います。

 

 

 

5月、私はあり得ない行動をしました。

 

トラクターで畑を耕しているときに、

前方に防草シートの留め具が飛び出していました。

 

 

低速のローだったので、飛び降りて拾いに行ったのです。

 

 

ところが、抜けませんでした。

 

向かってくるトラクターを背に、

引き抜こうと思ってしまったんです。

 

 

突然、重みと衝撃が足の上を通過しました。

 

自分の足を、ロータリーで耕したのです。

 

浅くセットしてあったので、

傷はほとんどありませんでしたが、

次第に足が腫れあがりました。

 

しかし、全く傷みがありませんでした。

 

病院に行こうとすら、思わなかったのも変でした。

 

3日後、病院に行き、橋を折ったように分断した、

骨のレントゲン写真を見ました。

 

左足小指の完全骨折でした。

 

 

 

6月は梅干し用の梅の収穫が大忙しで、

身体が辛いとは言っていられませんでした。

 

その頃になると、食事も十分に食べられず、

嘔吐の連続でした。

 

 

 

収穫がいよいよ最後になったある日、

狭い路地で、石積みの門柱に車の左前方をぶつけ、

ライトやウィンカーが壊れ、廃車になりました。

 

 

7月、骨折と関係なく、両足がむくんで腫れ

歩くのがやっとになりました。

 

毎晩夜12時半ごろと午前3時半をピークに、

じんましんが腰回りと腿に出るようになりました。

 

単なるじんましんではありません。

 

じんましんの赤い発疹がひろがり、腿一帯が真っ赤になるほどで、

痛みと激しいかゆみに、毎晩襲われました。

 

夜中に手当てをして、治まったのかと思うと、

また午前3時ごろから、発疹が出ました。

 

 

嘔吐も続き、食べられる量も少なくなりました。

 

 

その後も、習い事へ行った先で、

私だけがダニに数か所刺されました。

 

左の腿の刺された場所は異常にはれ上がりました。

 

 

庭でぶよに刺されました。

 

左の腕が腫れあがりました。

手当をしても、水が出るばかりで、毒素が出ませんでした。

 

 

 

電話やメールを受け取ると、咳が止まらなくなったり、

嘔吐したり、全身のだるさに襲われることも、

何回となくありました。

 

すべては必要だった経験だと思う

 

もちろん、今はだんだんと体力を取り戻しつつあるので、

もう心配はありません。

 

きっかけは8月初めに、友人からもらったアドバイスでした。

 

「立て続けに変なことが起こるなら、

お祓いに行った方がいいよ。」

 

 

 

不安なことは体調や事故ばかりではありませんでした。

 

 

PCの変換ミスが、変な文字ばかり出ていたのが、

とても気持ちが割る方のです。

 

自己と入力しようとすると 事故

無くなる 亡くなる

一緒に 遺書に

 

気味が悪かったです。

 

 

 

この年、たくさんの詐欺が現れました。

 

全部が本当の詐欺師ではないのかもしれませんが、

払ったお金は、契約が守られないまま、

頼んだ仕事がなされないまま、返ってきませんでした。

 

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しかし、お祓いに行った後、

複数の人に、次々と助けられ続けました。

 

どの人とも、最初にご縁が繋がった人から、

つながっていった人ばかりでした。

 

この間に向こうからやって来た仕事も人も、

自分が選択した結果は、自分の命を救うための選択でした。

 

 

死ぬ予定だったと思えば、

もう失うものは何もありません。

 

感謝と幸せでいっぱいです。

 

必要だから与えられた経験だったと思います。

 

 

宇宙の仕組み、命の意味、

科学もスピリチュアルも歴史も、

理解が深まって今日に至ります。

 

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