photo by Natsuko Takehara

初めて出会う方へ

 

こんにちは、はじめまして。

武原夏子です。

 

東京生まれ、都会育ちです。

 

中学から玉川学園という私立校に入り、

大学は農学部農学科

でも研究室は昆虫でした。

 

 

 

私は2009年まで不耕起移植栽培の団体の、

理事・事務局長をしていました。

 

 

運営に行き詰まっていた、

この団体を立て直す活動の一環として、

千葉県で一番小さな町に滞在するようになりました。

 

2009年までというのは、

この年にある事件が起こったからです。

 

この団体とお別れしてからも、

この町で田舎暮らしを続けながら、

様々な取り組みや実験を続けました。

 

不耕起移植栽培技術を生み出した

全国の農家の方々とも、

今もお付き合いを続けています。

 

 

農家の方々は、事件の原因が、

私に無いことを知っていますから。

 

そんな私の人生の道のりと、

事件のことについて、知ってください。

 

 

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大学卒後、私は都会内で勤めるようになりました。

 

いくつか職場を変わりましたが、

20代後半から、個人事業主になりました。

 

その後、仕事は向こうからやってくるようになりました。

なぜか、農業関係の仕事ばかりでした。

 

 

 

私は、1993年ごろから、仕事上で、

農家の人たちとお付き合いをするようになりました。

 

この年、日本は異常気象に見舞われ、

冷夏、日照不足のため、平成の大冷害となりました。

 

全国の米生産地でほとんどの稲が障害を受け、

お米が稔らなかったのです。

 

日本中で米不足になり、政府は中国やタイから、

お米の緊急輸入を行いました。

 

本来、政府の備蓄倉庫には、緊急事態に備え、

数年分の米が備蓄されているはずでしたが、

その米がなかったことがわかりました。

 

捨てるほど食べ物が有り余った日本で、

お米が手に入らない事態が起きました。

 

 

有機栽培や不耕起栽培など

特殊な農法を行っていた農家の中には、

冷害にもかかわらず、

米が収穫できた人たちがいました。

 

その人たちの米を求める人が殺到し、

米の値段は、急騰しました。

 

それでも、足りない。

 

 

翌年の秋に、例年並みの収穫がもたらされる頃に、

どこからか、余った前年のお米が大量に出てきました。

 

私はこの年から、米をとりまく問題にも、

大きな関心を持つようになりました。

 

 

そんな年から、全国の農家の方とご縁が繋がり、

お付き合いを続けています。

 

 

 

2002年に、不耕起栽培を普及させる

任意団体の会長から、会の運営

を何とか立て直してほしいと頼まれました。

 

大勢の農家会員が集まる中で、

会長に頭を下げられ、

理事・事務局長になりました。

 

 

この会は、不耕起移植栽培技術を

生み出した農家たちが、

会長とともに立ち上げた、

純粋な農家の会でした。

 

 

当時、この会の会員数は100名弱、

年間の会計が60万円でした。

 

そのうち、50万円が事務局に

経費として引かれてしまっていました。

 

年50万円で事務局が行っていたのは、

月に1回、80円切手を貼った封筒で、

両面印刷をしたA4 2枚の会報を送ることと、

問合せの電話対応だけでした。

 

 

私はたった10万円と

100人の名簿を譲り受けました。

 

事務局を自宅に引き取り、

自費で別回線の電話を引き、

電話代も印刷費も

すべての経費を、立て替えていました。

 

 

同時に、私は支援者の会を立ち上げました。

 

私費300万円を運転資金として立替入金し、

この状態から7年間で、

会員数320名、支援者60名にしました。

 

 

支援者の会では、集まったお金を、

実習地の賃借料や

管理、道具や農機の購入に当てました。

 

購入した農機や道具は

支援者の共有財産としました。

 

会に入会して技術を学ぶ人たちに、

燃料代だけ負担してもらい、

支援者の会が無料で機械を貸し出しました。

 

ひとりでも多くの人が、

技術を身に着けて育つようにと。

 

 

私が事務局を引き継ぐ前は、

行事の度の会長の講師料・交通費は無し。

 

会長が経費に使えるお金は、

年間10万円だけしか

支払らわれていませんでした。

 

会長や事務局運営に携わる人の経費を支払い、

イベントや講演の度に、

会長に講師料を支払えるようにしました。

 

電話代など、私が立て替えていたお金も、

総会の合意を経て、2年かけて

会の会計から返金してもらいました。

 

 

 

しかし、私と農家が運営する不耕起栽培の塾生が、

2008年ごろから、NPO法人を作れば、

もっと人が集まり金が集まると、会長に取り入り、

理事会に関係なく、会の中心に入り込みました。

 

会長は、大乗り気で、

事務局は大忙しになるぞと言いましたが、

私は、そんなうさん臭い話には乗りたくないと、

辞退しました。

 

すると、経験も技術の理論も知識も無く、

全国の農業の実態も知らない塾生数人が、

私が会のお金を「7年間で600万円横領している」と

運営内容を知るわけもないのに、会長に吹き込みました。

 

税理士が見て問題ないと確認した帳簿を見せても、

ろくに中身を見もしないで、

これは武原さんにしかわからない書類だと言われました。

 

どうして、そういわれるのか訳が分かりませんでした。

 

 



 

 

後から考えると、結局、帳簿が正しいかどうか、

私が不正をしたかどうかを確認したいのではなく、

お金と物と会が欲しかったのでしょう。

 

 

さんざん、痛くもない腹を探られ、

「横領だ、横領だ」

「もっと、どこかに大金があるはずだ」

と言われました。

 

 

私が600万円を横領し、失踪したと、

全国数百人の会員や関係者、取引先に流布されました。

 

私が手助けして、神崎町に移り住んだ人が、

「武原が600万円横領して失踪した」と、

町中に話して、デマを広めました。

 

この人が広げたデマは、私に何の確認もなく、

町の議会にまで持ち上がったようでした。

 

デマを信じた人は、

それが事実・常識だと思うものです。

 

 

不耕起移植栽培技術を生み出した

当の農家の人たちは、

そんなデマを信じてはいません。

 

 

私費と自分の持てる時間と、

私の持つノウハウのすべてをつぎ込み、

農家会員とともに新しい技術も生み出して、

会を大きくしたことが、大変ばからしくなりました。

 

私は、この会とお別れをすることにしました。

 

私が辞めると、

私とともに資金面や広報活動で支援をしてくれていた、

支援者たちも去って行かれました。

 

 

私と支援者たちが、お金を出し合って購入した、

トラクター、コンバイン、育苗機などの農機類や、

ありとあらゆる道具類、私的なものまでが持ち去られました。

 

主人の私物までも・・・。

 

 

私は首謀者たちを相手取り、

支援者と私個人の財産を取り戻すために、

裁判を起こしました。

 

 

600万円を横領したという話を首謀者から聞いた

という証言がたくさんありましたが、

被告の答弁書には、

そのようなことは言っていないと書かれていました。

 

 

再び、私が住む町中の人に、

「武原は裁判を起こすようなひどい人だ」

という悪口がばらまかれました。

 

裁判を起こす人=ひどい人でしょうか?

起こされるような人はどんな人たちでしょうか?

 

 

しかし、裁判官の判断は、

支援者の団体は、支援される団体の

内部組織にあたるというものでした。

 

私は事実上敗訴しました。

 

裁判所が私のものだと認めたのは、

会長に個人で貸してあった30万円とその利息でした。

 

被告が返してきた30万円だけでした。

 

 

 

私が本当に横領をしていたのであれば、

私がいなくなった後、会の会計では、

毎年100万円ぐらいお金が余剰しているでしょう。

 

 

 

会長が亡くなると、

不耕起移植栽培の技術を生み出し、

会を設立した農家も、すべて追われました。

 

 

 

3.11まで、私は水田での実験を行ってきました。

 

種まきの直後に震災が起こりました。

 

ハウスへ行けたのは3日後。

 

道路は地割れし、

マンホールが地上に飛び出していました。

 

借りていたハウスの中にも砂が吹き上がり、

ハウスもゆがんで浸水し、まわりは池。

 

パイプラインも分断しました。

 

吹き上げた砂を被った1000枚の苗箱は、

稲の発芽が始まったばかりでした。


 

私は来る日も来る日も、

苗箱の上を覆った砂を取り除き、

苗を助け出しました。

 

その時で、私は

不耕起栽培の稲づくりの実践をやめています。

 

しかし、いつか有志を集め、

学びの場を再開したいと、

ずっと考えてきました。

 

 

全国の不耕起稲作農家、

それ以前から付き合いのある

全国の農家の人たちとの交流は、

今も変わらず続いています。

 

 

不耕起移植栽培の技術の理論を知り、

教えることが出来る人間は、

私とほんの数名の農家だけになってしまいました。

 

この技術を未来に残すためにはどうしたらよいのか、

私は考え続けてきました。

 

 

 

既に東京を離れて十数年になりますが、

これからの時代は、ますます、

時間と場所を選ばずに、仕事をして収入を得て、

技術普及や指導ができると考えました。

 

 

私費を投じてのボランティアは続きません。

 

自分さえ良ければいいという、

親切な人を利用して渡り歩くような、

身勝手な人のお世話をする気には、もうなれません。

 

活動が大きくなれば、

また金目当ての人たちが寄ってきます。

 

 

きちんとした理念を持って、

金銭的なリスクを各自が受け持ち、

自らも資金を作る人たちと、

きちんと経済が回る仕組みの中で、

活動しようと思います。

 

性別や年齢を幅広く持つコミュニティを、

作り出していこうと思います。

 

無責任でリスクを取らない人には、

夢を叶えることも、

人を大事にすることも、

育てることはできないと思います。

 

 

コミュニティが育てば、

その中のメンバーが巣別れして、

新しいコミュニティを

作っていけば良いと思います。

 

 

 

宇宙の法則で、地球上では常に、

創造、誕生、成長、発達、

進化、増殖、分化、発展、繁栄

が続いています。

 

その大きな法則を

自分の全身で受け止めている人が、

コミュニティに入ってきてくれたら嬉しいです。

 

 

趣味や遊び、イベントの農業を

否定するわけではありません。

 

農や食を知ってもらい、

体験してもらう良い機会です。

 

私もたくさんイベントを企画し、実践してきました。

大勢の人が、大人も子どもも、喜んでくれました。

 

 

しかし、学びは違います。

 

自分が知りたい情報だけ欲しいなら、

ネット上や書籍で得られます。

 

基本の1から教えているのに、やらないで、

これを使ってみました、こうやってみましたと、

教える先から、1度も基本をやらない人は多いです。

 

そういう人は、教えて欲しと思わないで、

自分がやりたいことをやればよいと思います。

 

経験した人が言うことには一理ありますが、

経験してみないと、

それは理解できないことが多いのです。

 

 

基準値が低い人は、

自分のことしか考えていません。

 

教える側の思いは、伝わらないと思います。

 

 

どんな技術でも、習得するのには、

最低5年はかかります。

 

人に伝え、教えるならもっとかかります。

 

どんな技術でも、同じだと思いますが、

タダで情報だけ取りに来るような方に、

教えること、伝わることは何もありません。

 

うまいこと、タダで教わろうという、

ムシのいい人に教えることはありません。

 

不耕起移植栽培技術を学ぶなら、

私や農家の人たちに、

学びの姿勢で、向かい合ってください。

 

守破離とは、守5年、破4年、離1年。

 

たった1年ぐらいで、この農法はもうわかった

と思うような方は、一緒にはやれないです。

 

そういう人って、すごく多かったです。

 

農家でさえ、10年やって、経験10回です。

 

真剣な人を、基準にしてください。

 

 

心がひとつに集まれば、守破離の途中でも、

巣別れが起こり、コミュニティが増えるでしょう。

 

 

 

私が知る農的暮らしや農的暮らしの始め方、

食の抱える問題、農薬の問題、健康の考え方、

お手当法、手作り食品、宇宙とのつながりの考え方、

自然や生きもののことをお伝えしていきます。

 

 

技術指導や商品化・就農の相談をどうやっていくかも、

考えていくことにしました。

 



 

宇宙の法則にのっとり、

インターネットの環境や情報が、

ものすごい勢いと速さで成長しています。

 

私でも、1年かからないで、

自分のサイトをいくつも作れるようになりました。

 

何をいつ始めても、いくつからでも、

遅いということはありません。

 

人生の終わりに、あれをやっておけばよかったと、

思わない人生にしましょう。

 

年を取り、7割の人が公開していることは、

もっと冒険しておけばよかったということ。

 

やりたいことを、実現しようね。

 

 

私の当面の発信は、

「パソコンもって、都会脱出!!」

不耕起栽培技術とともに歩む田舎暮らし

ということにしようと思います。

 

どうぞ、よろしくお願いいたします。

武原夏子

自身のシャオ傑
 

インターネット上で不耕起栽培の基礎を学び、

田舎暮らしや農業の始め方を学ぶ、

WEB会員制田舎移住コミュニティをスタートしました。

 



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農業資材、苗、不耕起栽培のお米、北海道産大豆、小麦などは、

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