「意識」カテゴリーアーカイブ

小水力発電の実用化

十数年前から、

農村の排水路を利用した

小水力発電の話をしてきました。

 

用排水路、小さな小川や渓流、

小さな波でも発電は可能ですが、

実用に向けた開発がなかなかされてきませんでした。

 

やっとですね。

 

記事を紹介していただきました。

 

落差1メートルの水路でも発電可能、設置も簡単な小水力発電機

 

 

こういうのを手作りできる技術を

みんなで組み立てたいね。

 

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様々なお手当法は田舎暮らしで便利!ブレインリーディングで腰痛を消す

さまざまなお手当法を知っていると田舎暮らしで役に立つ

 

私はできる限り、薬を飲みません。

飲んでも、漢方薬のうち、これなら今は、必要と思う物だけ。

 

もちろん、どうしても必要な薬は、拒みません。

薬を全否定もしません。

 

でも、人には病気にならない体の仕組みが備わっているんです。

 

それを知っていると、病気を回避できますし、

自分で手当てをして、消してしまうことも可能なんです?

 

 

「手当て」とは、👍を幹部に当てること、かざすことが、

語源になっていますよね。

 

田舎暮らしでは、ケガとか虫刺されが多くなります。

自分でお手当ができると、便利なんです。

 

 

私は、びわの葉温灸、こんにゃくシップなどもしますけど、

手づくり酵素パッティングは、

痛みやかゆみを取るのには、とても良いお手当です。

 

Photo by Natsuko Takehara
 

季節の材料で、酵素を仕込んでおけば、

何年でも使えます。

 

Photo by Natsuko Takehara
 

レイキや遠隔も、手当て、なんです。

 

 

宇宙の仕組みや法則に無いことは、人の体に起こりません。

 

だから、レイキも遠隔でも、

実際に病気やけがの改善が起こるということは、

宇宙の物理学的な法則にのっとっていると考えます。

 

 

信用できないとか、私の頭がおかしいんじゃないかって、

思う人もいるかも知れないですけど、まあ、気にしません。

 

ブレインリーディングで腰痛を消す

 

実際、一昨日、私は山菜の株をじいやと掘ったんですが、

腰を痛めてしまいました。

 

じいや88歳、強くて丈夫です。

私、ひ弱な女子(笑)。

 

 

どうやって手当てをしたのか?

 

これには、読脳術(ブレインリーディング)を使いました。

 

なんだそりゃ??と言う方は、Youtubeにたくさん動画があるので、

観てくださいね。

 

 

別に、どこかで教わってきたわけではなく、

動画を観ていたらできるようになったので、

誰でも練習すれば、自分の体の手当てができるようになりますよ。

 

 

地球上の生きものは、地球の中心から、

引力で引っ張られています。

 

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頭から両足の間までが、地球の軸にまっすぐ向かっていないと、

身体の状態としては、いけないわけ。

 

軸と、ずれてしまうと、背骨が前後左右に曲がるんです。

1か所が曲がるのではなく、

それを修正しようとして反対に曲がり、

それをまた修正しようとして曲がるんです。

 

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その状態を長く維持していると、肩や首のこり、腰の痛み、

内蔵の未病状態などがでてくるようです。

 

 

背骨のゆがみを起こしているのが背骨、

腰の痛みを起こしているのが腰の骨というわけではなくて、

どこかがずれると、他もずれちゃうみたいです。

 

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今回、私は、右手首、右の肘、右の膝を手当てして、

腰がすっきりとしました。

 

思い当たる節があります。

一抱えもあるゼンマイの根を掘るのは大変な作業です。

 

スコップを刺し込み、右足で踏み込みました。

右手で大きなスコップを持ち、土に差し込んだり、

土の中の根を切るのに、のこぎりを使いました。

 

 

右足、右手首、右ひじに負荷がかかっていたと思います。

 

原因があるから、右ひざ、右手、右肘の骨がずれて、

そのせいで腰が痛くなっていたのでしょう。

 

 

へ~、そんなことあるのって思っいますか?

 

そんなことあるわけないじゃん、あやしいと思ったら、

無視してくださって結構で~す。

 

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南海トラフ地震に備えて食べ物の確保、危険な場所から引っ越しを

秋になると農家の収穫が気になります

 

2016年10月末日。

秋田の大農家に電話をしました。

 

今年の稲刈りは終わりましたか?

「おかげさまで、台風の被害もなく、無事終わりました。」

 


それは良かったですね。

被害もなく、今年はそこそこ良くとれたでしょう?

 

 

私には、現地を見なくても、おおよそのことがわかりますが、

秋田の大農家と言われても、

都会の人には想像がつかないと思います。

 

Photo by Natsuko Takehara
 

東北の大農家となれば、生産規模は数十町歩、従業員もいて、

育苗ハウスが何棟もあり、米の乾燥、調整設備や施設も大きく、

倉庫には、近隣の農家が収穫した米が積み上がっています。

 

Photo by Natsuko Takehara 出荷前の農産物検査をする資格も持っていて、

ほぼ米問屋と同じです。

 

 

現場に行くと、米つくりの醍醐味を見せられるような光景です。

 

多くの人の命をはぐくむ食料生産の現場を支えている人達を、

目の当たりにするのですから。

 

 
お金を出せばお米が買える、ご飯は買えばよい、食べきれずに残れば、捨ててしまえばよい、

あなたもそういう人に成り下がってはいませんか?

 

 

東日本大震災の時、

救援がなかなか来なくて、食べ物も水もなく過ごした人、

避難所で、ひとりに1個の白いおにぎりしか

配られなかった人もいるんです。

 

Photo by Natsuko Takehara
 

それでも、白いご飯だけは、避難所で配られました。

 

避難した人が多くて、

農家の人たちがお米を出し合ったところもあるんです。

 

 

その時のことを忘れないでください。

 

 

南海トラフ地震に備えて食べ物の確保、危険な場所から引っ越しを

 

 

2016年、熊本、台湾、鳥取と大きな地震が起こりました。

 

熊本、鳥取の次は、間違いなく南海トラフに地震が発生します。

過去の地震の記録をたどれば、同じことが起きているからです。

 

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心配な方は、上記の写真から、FBグループへお越しください。

 

出来れば、多くの人に食料の生産方法や保存方法を、

身に着けてもらいたいと思っています。

 

 

栽培、収穫、調整、保管と、準備から食べられる状態にするまで、

電気やガスが止まっても、対応できる準備をする方まで、

体験して覚えて欲しいと思います。

 

田舎に通い、田舎暮らしを仲間と一緒に始め、

どんなときにも、家族や友達を受け入れられる、

コミュニティを作ることが、

多くの人が生き残る道だと考えています。

 

 

南海トラフ地震が起こりうる地域は、

関東から九州まで広範囲にわたります。

 

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都市や沿岸部に暮らすのは、とても危険なんです。

 

よく考えて、引っ越しを決めて欲しいと思います。

 

すぐにできなくても、週末ファーマーから始めましょう。

仲間と一緒に始めましょう。

 

ひとりでがむしゃらにやっても、時間がかかり、

苦労が多いだけですから。

 

 

そして、どうか、食べ物を大事にしてください。

 

生産していない人は、いざという時に食べるものがありません。

 

食べることは、命をつなぐことです。

どんなときにも備えを忘れないでくださいね。

 

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天地開闢と稲作発祥日本ルーツ説

 麻の栽培は1万年以上前という説

 

古代の日本人は、植物繊維で作った衣服を着ていたらしい。

 

日本書紀や古事記のものがたりからも、

想像できる服そうですよね。

 

野生の麻を使っていたのでしょうか?

それでは効率が悪いですよね。

 

自然の麻を採取するのではなく、

日本で麻の栽培を始めていたのは、

紀元前1万年ぐらい前という説があります。

 

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そのころの日本は、縄文時代、

 つまり石器時代です。

 

 そんな時代に、農業、栽培が始まっていたのでしょうか?

 

稲はいつから栽培され始めたのか?

 

 稲作よりも麻の栽培が前なのか?と考える人もいますよね。

 

どちらが先とも考えにくいのですが、

衣食住は、同時に起こるニーズのような気がしませんか?

 

 

では、日本で稲作が始まったのはいつなんでしょうか?

 

 

 

稲作発祥について、1万年以上前(BC8000年頃)、

中国の長江流域(湖南省)が、発祥の地だとする説や、

雲南省からインドにかける地域が発祥の地という説があります。

 

それらが中国やや朝鮮経由で、紀元前5000~6000年頃に、

日本に伝わったというような説がありますが・・・。

 

 

 

青森県の三内丸山遺跡をご存知でしょうか。

 

 

 

約5500年前~4000年前の縄文時代の集落跡です。

 

となると紀元前3000年ごろでしょうか?

 

 

 

大型の竪穴住居10軒を含め、最大750軒の住居に、

 最盛期で500人が暮らしていたという遺跡です。

 

  

木器(掘り棒、袋状編み物、編布、漆器)、

 土器、石器が出土しているそうです。

 

  

石製品には黒曜石、琥珀、翡翠製大珠などがあるそうです。

 

青森県では採取できない石や、土器の形状から、

 他県や大陸との交流がうかがわれるとのとのこと。

 

 ここで発見されたものの中には、幾種類もの作物があります。

 

エゴマ、ヒョウタン、ゴボウ、マメ、クリ、クルミ、トチなど。

 

樹木まで栽培していたのに、1年生植物の栽培が、

エゴマ、ヒョウタン、ゴボウ、マメだけとは考えにくいですよね。

 

 

5500年前に、三内丸山の部落では、

高床式の倉庫は、何を保管したのでしょうか?

 

上記の作物で考えられるのは、

長期保存が可能で、種を食用にするものと考えると、

エゴマの種、豆、クルミでしょうか?

 

 栗やトチの実も粉にすれば、保存が可能です。

 

油に漬ける、塩の漬ける、いぶして薫製にすれば、

様々な植物の長期保管が可能になります。

 

 

しかし・・・、

そもそも、上記のような栽培植物だけで、

500人もの人たちが暮らせるとは思えません。

 

衣服をまとうのに、大型動物の毛皮が足りていたでしょうか?

 

 

植物で編んだものがあったなら、

当然、衣装も植物繊維で作っていたでしょう。

 

 人数が多ければ、栽培しなければ衣料用繊維が足りません。

 

 

500人も人口がある集落では、

狩りをして肉を集めるだけでは、足りないと思えますよね。 

 

狩猟と採取の生活が、

日本人の縄文時代だったのでしょうか?

 

まだ稲作をしていなかったとしても、栽培技術を持ち、

穀物倉を作ってあったとしたら、

雑穀はすでに栽培していたのではないでしょうか?

 

Photo by Natsuko Takehara
 

 

稲作は縄文時代に日本で始まったのではないか?

 

縄文時代は石器時代という考えとは、

実は、全く別の説があります。

 

 

今から3万年前には、磨製石器ができていた

という説です。

 

それ以前の石器は打製石器といって、

石を叩いて割って作った石器です。

 

 

石に磨きをかけ、

用途によって刃を付けたのが、

磨製石器です。

 

 

打製石器が12万年前(BC118000年頃)には、

日本で使われていたという説があります。

 

 打製石器や木製器があれば、自然環境を利用して、

植物の栽培や収穫が可能になるはずです。

 

打製石器があれば、木製器が作りやすくなり、

自然環境に手を加えることもたやすくなるはずです。

 

 

そう考えると、打製石器を使っていた日本人たちが、

栽培を手掛けようと考えてもおかしくはありません。

 

 

打製石器時代から、

磨製石器ができる時代になれば、

稲作や植物の栽培がもっと広大にできるようになっていたはずです。

 

 

なぜなら、磨製石器の発明は、

領地を広げるための、開拓の道具や、

槍のような武器を作ることを可能にします。

 

領地を確保すれば、住みやすい土地に定住するでしょう。

 

磨製石器を作る技術は、

住居を作るための斧やかんなを、作れる技術に、

発展していたはずです。

 

定住地の人口が増えれば、

移動して狩りを行い、肉や毛皮を得て、

野山での野生植物の採取をして、木の実や穀類を得ても、

集落で暮らす人の食料が足りません。

 

約1万年以上前に中国で稲作をしていた形跡があるのならば、

逆に、日本から伝わったという説があっても、

いいのではないかなあと思うんです。

 

photo by Natsuko Takehara 

 

 

8000年前(BC6000年頃)には漆の使用方法が、

発明されていたそうなんです。

 

漆は、防腐剤として使われるように、

なっていたと考えられますよね。

 

 

人の遺体を腐らせないため?

 

そういう技術は、人口が増えて自然埋葬しなくなり、

王国のような国家組織ができた後の、

宗教的な儀式が生まれてからではないでしょうか。

 

 

古代の人でも、現代の人でも、

食べ物がなければ飢え死にするのは同じです。

 

 

食べ物が足りないということは、

集落の人たちの全員は、

生きるられないことを、意味しますよね。

 

 

食べ物を保存し、自然災害が起こっても、

収穫物が減った時でも、

食べることに困らないようにと、

集落の全員分の食べ物の確保・保管を、

第一に考えると思いませんか?

 

そうなると、食物や穀物を入れる入れ物に、

防腐剤や忌避剤を使おうと考えるものでは、

ないでしょうか?

 

 

稲作、日本発祥説、

なかなか、良いではないかと思います。

 

無いとは言えないですよね。

 

有ってもいいんじゃないでしょうか。

 

 

天地開闢(天地開闢)と地球の歴史をこう考えてみる

 

 

世界の歴史の中に、

天地創造の具体的な話が残っているのは、

日本の神話だけのようですね。

 

私のスピリチュアルな解釈は、

歴史や神話の学者さんとは異なります。

 

私がいつも宇宙とのつながりを考えている中で、

私が独自に考えた、地球誕生の物語です。

 

 

高天原に最初に現れた神様は、

天御中主尊(アメノミナカヌシ)です。

 

神様の名前や現れた順番は、

古事記と日本書紀でも異なるようですが、

以下は私の独自の考えです。

 

天地開闢(てんちかいびゃく)の時に、

高天原に最初に現れた、

天御中主尊(アメノミナカヌシ)は、

天の中心に座する主宰神です。

 

私は、天御中主尊(アメノミナカヌシ)とは、

北極星だと考えています。

 

このとき、続いて共に現れたのが、

高皇産霊尊(タカミムスビ)

エネルギーとプログラムを創造する神様。

 

神皇産霊尊(カミムスビ)

命を生み出す神様。

 

 

次に現れた神様は4神です。

以下も、私の勝手な解釈です。

 

天常立尊(アメノトコタチ)は、

大氣や気象、お天気を現す神様です。

 

豊斟渟尊(トヨクムヌ)は、

世界に豊かな水をとどまらせる神様です。

 

国常立尊(クニノトコタチ)は、

大地・土を作り出す神様です。

 

可美葦牙彦舅尊(ウマシアシカビヒコヂ)は、

エネルギーを活力と増殖力に転換する神様です。

 

 

私が考えてみた、これらの神様の役割は、

地球上に生命を生み出すために必要な、

物理学的な要素になります。

 

宇宙の法則は、量子力学の法則です。

 

宇宙の法則に無いことは、

地球上でも宇宙でも起こりえないと考えています。

 

不思議なことが起きても、

それには必ず原因があり、結果として起こっているのです。

 

地球上に酸素や水があり、植物や動物が生き、

私たちが暮らしているのも、物理現象です。

 

 

私の解釈では、

天地開闢は、地球の誕生のことなのです。

 

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高天原は、銀河系です。

 

淀んだものをかき交ぜて、地球が誕生し、

生命が誕生するプログラムが組まれました。

 

その時、中心となった天御中主尊(アメノミナカヌシ)は、

当時の北極星、りゅう座のツバンという考え方です。

 

 

北極星は、1つではありません。

 

現在は、おおぐま座のポラリスが、北極星ですが、

数万年ごとに、星が替わります。

 

いくつかの星が、順番に北極星になっていることは、

天文学上明らかになっています。

 

 

21個の北極星があると、私は考えています。

 

天地創造の物語が明確に残っているのは、

どうも、日本神話だけのようです。

 

これだけ、明確に伝えられてきたことには、

日本人の歴史が、かなり古いことを、

意味しているのではないでしょうか?

 

そうだとしたら、稲作も、麻の栽培も、

日本発祥であってもおかしくないなあと、

勝手に考えているわけなんです。

 

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絹織物の生産方法が伝来し日本に広まった、古墳時代

絹の伝来 中国後漢より古墳時代の日本へ

 

絹が日本に伝わった時の物語です。

 

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中国では倭が勢力を着け、漢の領地を奪っていた時代、

中国の後漢(東漢)の第12代皇帝、霊帝の直径の子孫に、

阿知使主という人がいました。

 

阿知使主は、当時、帯方郡と呼ばれていた、

朝鮮半島の中西部へ、魏に追われて移住しました。

 

中国の歴史では、後漢が滅び3国時代に入り、

3国が勢力を拡大していた時代のようです。

 

西暦220年以降ではないかと推測されます。

 

 

朝鮮半島に魏の勢力が及んできたため、

阿知使主は、子と一族や部下を連れて、

日本へのがれ、

天皇をに使えることを申し出ました。

 

当時の応神天皇が阿知一族に、

大和の国明日香に領地を与えたそうです。

(記録では、応神37年、西暦だと306年だそうですが、

応神は24年しかありません。

日本書紀では応神20年 西暦289年)

 

阿知使主が天皇に仕え領地を与えられたということは、

日本人に帰化したということなんです。

 

 

後漢の時代は、天文学や数学、医学

科学技術が大きく進歩した時代です。

 

地球儀が作られ、円周率が計算され、

麻酔技術も生まれたんです。

 

そんな進歩した国にいた阿知使主は、

日本は遅れていると感じたようですね。

 

当時の大和国は、古墳時代の初め頃です。

 

阿知使主は、応神天皇に申し出て、

絹の生産と織物の生産を日本に広めることになります。

 

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阿知使主は、3国時代に入った中国の呉に、

息子を使者として行かせて、

呉王より、選りすぐりの機織り技術者、

縫工女を貰い受けたそうです。

 

(この時は応神41年、西暦だと310年だったそうですが、

呉が滅びたのは西暦280年ですので、使いが行った国は、

西晋~317年、東晋~420年かもしれません)

 

西暦313年、

仁徳天皇に使えることになった阿知使主は、

全国から、たくさんの女性を集めたそうです。

 

阿知使主が中国から連れてきた技術者が、

養蚕、糸紬、染色(これらを縫工と言ったようです)、

機織り技術を教えたそうです。

 

仁徳天皇は全国に養蚕を奨励し、広めたと言われます。

 

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生産された繭は、阿知使主が建てた縫殿におさめられ、

織殿で色とりどりの反物になりました。

 

縫殿、織殿は各地に造られたようです。

 

こうして、宮中で皇族がまとう衣装も、

各国の貴族が行事の時にまとう衣装も、

階級ごとの色や形が細かく決められるようになりました。

 

応神天皇、仁徳天皇が、絹を取り入れ、

全国に生産を広めさせた歴史があるため、

今でも、大日本蚕糸会の総裁は、

皇室の方がなされておられます。

 

皇室が何千年も続いているのは、

世界中で日本だけです。

 

どんな説があっても構わないですが、

王家が何千年も続いているのは、

自慢できることなんですよ。

 

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戦後教育で、日本は歴史を歪めてしまいました。

 

歴史の教科書は嘘だらけになりました。

 

存在していた人物を存在していないことにし、

やっていないことをやったことにし、

日本人に、劣等感を植え付けていきました。

 

 

国の歴史、人の歴史を認めないことは、

あなた自身のこの国での存在を、

認めないのと同じではないでしょうか?

 

 

あなたが、自分が過去に歩んだ道や、

お世話になった人、迷惑をかけた人との関係を、

同様に、もし、否定するならば、

それはあなた自身の存在の否定でしかありません。

 

古墳時代に絹の伝来があり、

昭和まで日本中で養蚕が続いていたから、

近代稲作があるんですよ。

 

 

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2016年10月 医療用大麻について戸田さんの記事をシェアします

高木沙耶さん逮捕のニュースの???

 

高木沙耶さんが、石垣島の家で、

毎晩、パーティーを開いて大麻を吸っていたという、

逮捕ニュースにあきれています。

 

「大麻取締法違反(所持)の疑い」

で逮捕されたのであり、

「本人は否定している」そうです。

 

「高木さんがような形で大麻を使用したのかは、明らかになっていない」

ということで、逮捕したのに、わかっていないらしいですね。

 

共同生活していた男性が、大麻草研究家だったそうですが、

その人が、研究目的や、医療目的で持っていたのなら、

わからないでもないですね。

 

 

大麻パーティーという表現もおかしいんです。

 

証言しているという人も、実名が出ていません。

足を引っ張りたい人が、

言ったり書いたりしているようにしか思えません。

 

大麻を復活させよう、難病の人を救おう、

医療用大麻の効果を知ってもらおうという、

まじめな人たちの集会までを、

マスコミは、大麻パーティーを書きたてます。

 

誰も大麻を吸引していないのにですよ。

 

そういった表現のニュースに乗っかる人も、困ったものですね。

 

芸能人が絡むと、自分が知っているかのように、

批判批評して、評論家気取りになる人。

 

恥ずかしいと思わないのでしょうか?

 

 

今や、ネット上には、大麻、麻、ヘンプについて、

大麻取締法のおかしな点について、

取り締まりや捜査方法、でっち上げ捜査についてなど、

色々な発信が目立つようになってきました。

 

難病で苦しむ人や精神疾患で苦しむ人が、

覚せい作用のない麻の成分で、

出口の見えない苦しみから救われることが、

いけないことでしょうか?

 

 

麻と覚せい剤とは違います。

 

麻も精神的に元気になる物質を含みますが、

その大半の成分には、

そのような精神に影響を与える成分はありません。

 

私と同様に、マスコミや取り締まりの表現が、

おかしいと思う人は、

戸田さんの記事や、ブログにある動画をご覧ください。

 

 

戸田さんのブログ記事

 

戸田さんのブログ記事をシェアします。

 

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ブログに、必ず見ていただきたい動画(約27分)があります。

 

大麻から抽出したCBDオイルが、様々な病気で悩む人たちに、

画期的な結果を出しているという事実が語られています。

 

さらに、アメリカの専門家、日本の弁護士さんの話は、

たいへんに勉強になります。

 

世界の常識を知ることができない日本の社会構造に疑問を感じます。

 

 

神社に行くと、麻を見ることがあります。

白~生成り~淡い黄金色をしています。

 

神事に使う麻布、麻糸は、白~黄金色と様々です。

 

太古の日本人は、麻をまとっていました。

 

麻だけではなく、紙の原料になるコウゾや

たぶんマコモやヨシやガマといったイネ科植物の繊維、

芭蕉の葉のような繊維を利用していたことでしょう。

 

植物繊維で作られた布を衣服や日用品として使っていましたが、

麻は栽培も紡ぐのもやりやすかったから普及したと考えると、

理に適っているように思います。

 

 

シルクが入ってきたのは、古墳時代です。

 

 

麻は中国でも作られていました。

麻酔用の麻沸散という漢方薬が考案され、

全身麻酔が可能にになったのは、後漢時代です。

 

こちらも、戸田さんの記事です。

 

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NAVERまとめにも出ています。

 

戸田さんの記事がバズった時も、

日本の各プレスのページから、

プレス記事が、意図的にみんな削除されました。

 

それでも、今もたくさんの人に読まれています。

 

 

日本にとって、麻は歴史的にも意味のある作物です。

 

神事に使われることにも、様々な理由があります。

既に縄文時代には、麻の栽培がされていたようです。

麻は、汚れを祓い清めるとされてきました。

 

それは、麻が繊維や食用となる以外に、

遠い昔から医療的、精神的な作用を持つことが、

知られていたからに違いありません。

 

では、いつごろから日本で麻が栽培されていたのでしょうか?

 

それについては、後日、書いてみたいと思います。

 

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フロントガラスにひび、ボンネットに死——死 稚拙すぎる! 警察の対応にも???

良いことだらけ、忙しすぎて楽しい

10月上旬の1週間でしたが・・・。

 

金曜の夕方に、庭に停めてあった車のフロントガラスにひび、

よくよく調べると、ボンネットの先端にいたずら書きの

傷が付けてあるのがわかりました。

 

Photo by Natsuko Takehara
 

私は敵が多いのは、重々承知ですけどね。

 

あまりに稚拙な行為ですね。

 

行き止まりの路地の途中にあるうちの庭まで来てやるんだから、

当然この辺のことを良く知っている町の住民でしょう。

 

 

数年前にも、庭で車のボンネットに、

薬品がかけられていました。

 

この町の中に、そういうことが平気な人が、

住んでいるということです。

 

ホントは町の人たちが、

恥じなくてはいけない出来事です。

 

田舎だから許される、無視できることではありませんが、

ともすれば田舎では、やった方よりやられたほうの

悪口を言うことで満足する人が要る物です。

 

 

 

駐在署へいくと「被害届を出すことはできるが・・・。」

「・・・はわかりました。私は被害届を出したいんです」

 

・・・の繰り返しで、最終的にやっと被害届を、

翌日、私の家に届けてくれることになったんです。

 

指紋を取る云々は何も説明など聞きませんでした。

 

 

家のそばまで戻って来たら、すぐ近所のとうちゃんが、

警察が指紋を取ってもらえるはずだから、聞いてやるよ。

と地元の警察署に電話をかけてくれました。

 

電話で聞くだけのつもりが、警察署は、

「すぐに向かわせます」との回答。

 

 

数分後、駐在からは私に電話が入りました。

 

当然、この事件のことで電話をしてきたんだと、

私の方は受け止めますよね。

 

ところが言っていることがどうもおかしいんです。

 

 

私たちが警察署に駐在の悪口を言ったと、

思い込んでいるらしく、

こちらの意に無いことをまくしたてます。

 

「そういうことは言っていませんけど」

「そういうことは思っていないので、やめていただけないですか」

こんな時に被害者への配慮ってないのかなあ?

 

さらに私の電話で、とうちゃんに、

「署の方は宿直しかいないから、行ける人がいない」

「明日、自分が行くから」と話している。

 

「今から来る」と言ってみたり、「明日行」くと言ってみたり、

どうなってんの?

 

 

警察に警察官を向かわせると言われたものだから、

父ちゃんの家の前で、外でずっと待っていたけど、

一向に来ないので、電話をかけてみました。

 

「お待ちしておりますけれど?」というと、

まだ、向かわせていないらしく、うろたえた様子。

 

他の事件が入って云々と言い訳していました。

 

1時間以上たって、来た警察官も、道路端で、

明日駐在が来て確認して、被害届用紙を作って持ってくる、

指紋を取ると言っています、駐在が言った通りですの繰り返し。

 

 

会話にならないで、向こうが一方的に話す状態。

 

警察署は、すぐに向かわせると言いましたが、

来た警察官たちは、何しに来たんだろうか?

 

駐在の伝言を伝えに、わざわざ来たのでしょうか?

 

そのためだけに警察は、警察官を向かわせたのでしょうか?

 

とうちゃんが、上司らしき警察官と離れたところで話をし、

戻って来てはじめて、

とりあえず車を見ましょうとなったんです。

 

車を一通り確認して、庭を見たら、上司の方の警察官が、

「農業をしているんですか?トラクターがある。

あれは苗箱ですよね?」とちょっと口調が変わりました。

 

「いえ、農業をしているというわけではないですが、

畑を少しやっているぐらいですけど」と私。

 

 

警察官「農業大学とか出ているんですか?」

 

先ほどまでと違い、ようやく会話になってきました。

 

「農業大学ではないですが、東京の大学の農学部は出ています。

私は農業技術の指導者をしています。

私は東京の人間です。

東京の人間に警察署は宿直で来られないという、

うそは通用しませんから」

 

ご心配してくださる方もいると思いますが、

私はこのくらいのことではへこまないですから、安心してね。

 

車はしょっちゅう路地や垣根でこすってるからさ(( ´∀` )

 

 

それより、何かあったら110番すること。

 

警察に必要があり電話したい人がしていいんだよ。

たまに、職場の職務や権威を

自分自身のものだと、勘違いしている人もいます。

 

そういうのは、やっぱり録音しておくと良かったなと思います。

 

警察の問題ある言動は、文書で公安委員会に

苦情申し立てを提出して、改善を求めることができます。

 

田舎では事なかれ主義、小さなことには目をつぶるけど、

問題意識が低いとか、法律で定められたことも、

全ての自治体に通達が来ているはずのことも、

役場の人でさえも知らないことがあります。

 

他人がどういおうと、アドバイスを聞くのはいいけれど、

自分がどうしたいのかは、自分で決めるものだと思います。

 

こういうことがあったことで、日頃後回しにしていた、

庭の防犯も、再度、考えるきっかけになりました。

 

防犯カメラが安くなっているのは知っていたけど、

主人に言われてはじめて、カメラ付きのドライブレコーダーも、

数千円で買えるってわかったし。

 

指紋ってこういうふうに探すんだという

現場を見ることもできました。

 

Photo by Natsuko Takehara
 

写真は、駐在さんが試しにビンに、

私ととうちゃんの指紋で、指紋鑑定したもの。

 

Photo by Natsuko Takehara
 

もしかしたら?
駐在さんも初めてやったのかもね。

 

普段やってないなら、私が駐在所へ行ったときに、

被害届と指紋鑑定がセットで頭に浮かばないと思うから。

 

 

どんなマイナスからでも学びはあるものです。

 

前向きに考える癖をつけましょう。

 

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宇宙からのメッセージは日常にあふれている

大杉神社に不耕起栽培のお米を奉納しようとしたら

 

大杉神社にお米を奉納。

最適な瞬間に時間を調整してくれる不思議なお話です。
9月の大杉神社の月例会の日の早朝、

不耕起栽培のお米を作ってくれた人から電話がありました。 



大杉神社の月例会に行く日だろうから、

神様にお米を差し上げてきてほしいとのこと。

 


確かに、私とその人が偶然出合ったのは、大杉神社で、


そのあと、スピリチュアル系の仕事を一緒にやることになりました。


 

まったく私には感謝が欠けている、私は抜けていると思いました。




お米をギフト箱に入れたのですが、どうも頭が重くて、


思うように動けないでいました。


11時前には、余裕を持って着かなければいけないのに、


遅刻ギリギリ。

 


御祈願受付所にお米を預ける際、


今から始まるご祈祷には間に合わないので、

次の時間になりますとのこと。

 

あわてて、本殿に入り、他の方と合流しました。



月例会では、ご祈祷に参加させていただき、


その後、宮司さんのお話を聞き、直会(なおらい)をします。



直会は、神様の撤下のお神酒(この神社では夢酒という梅酒)と、


神様の撤下のお米をいただきます。

 

おかずは参加者の持ち寄りです。




 

ご祈祷中に気がついたのですが、

神様に奉納されるお酒などには、のしが付けてあります。

 

奉納と書いて、奉納した人の名前も書いてあります。


経験がないのは確かですが、


今までそれを、何度も見ていたのに、

お米を用意するときに、気がついていなかったのです。



 

直会を抜けて、12時からのご祈祷に受付へ行くと、

12時はお申し込みが無いので行われないとのこと。

 


この日は、お天気は雨で、
仏滅だから、

神社に来る方も少なく、申し込みが無ければ、

ご祈祷は行われないのです。



なんだか、これは、お米のお清め、奉納を

今日は、やってはいけないのか?なという気がしました。


 

のしを付けてないので、明日でもよいでしょうか?

のしを用意して出なおしましょうか?と受け付けで聞くと、

付けてこない人もあるので、

その場合はこちらで書きますとのこと。



 

直会が終わり、代表の宮司さんを囲んでおしゃべりしていると、

若い宮司さんが、今、お申し込みがあったので始めますよと、

2時ごろに、呼びに来てくださいました。

 


直会が始まる直前に月例会に来られた方が、


ご病気で、ご祈祷を申し込まれていたのです。


そのおかげもあり、


無事に、この日に、お米をお清めして、

奉納していただくことができました。



なぜ、すんなり11時に奉納できなかったのか?

 

私が月例会に行くのは、代表の宮司さんのお話が、

毎回、学びがある内容で、成功法則の話につながるからです。


しかも、なぜか私がその時に必要としていることの


ヒントが、毎回あるんです。


この宮司さんが来てから、神社はどんどん、


素晴らしい建物やお部屋ができたそうです。

 


今、建設中のトイレも、せっちんの神様のレプリカが置かれ、


各部屋に素晴らしい絵が施されるそうです。

 


原画を見せていただきました(ピンぼけ写真だけど)。


Photo by Natsuko Takehara
 

Photo by Natsuko Takehara
 

まだ現在は、観光バスはあまり来ないのに、

今から、運転手さんの休憩室も作るそうです。

 

観光バスの事故が多いから。


大杉神社にたくさん観光バスが来るようになったら、


せめてここで、30分でもゆっくりできるように、

シャワールームやマッサージチェアも設備すると語られます。

 

これって、引き寄せの法則を実践していると思うのです。

 

いつもは、時間前に神社に付けるのに、

今日はどうして、なかなか家を出られなかったのか?

 

用事があったわけでもありません。

 

偶然にも、11時に間に合わない上、

12時も13時も、ご祈祷が行われませんでした。

 

じつは、この世の中に偶然はありません。

全てのことは必然的に起こります。

 

ですから、見えないエネルギーが働いて、

14時に時間調整が行われたように感じました。

hokkyokusei2
Photo by Natsuko Takehara
 

家に帰って来てから考えました。



仏滅というのは、仏教に関係はなく六曜という歴注で、


神事とつながりもある陰陽道にあるもの。

 

では、なぜ、午前中はだめで、2時は良かったのか?

 

歴注は旧暦につけられたものだから、暦にヒントがあるのかな?

 

歴注とは暦に付けられる運勢とか吉凶の判断のことで、

陰陽五行からもきている、古代の統計学がもとです。

 

陰陽五行を自然哲学という解釈もありますが、

占いや天文学的な出来事の傾向の解釈は、

統計学で出したものなのです。

 

歴注は、六曜(ろくよう)、十二直(じゅうにちょく)、

二十四節、七十二候と細分化されます。

 

調べてみると、この日は六曜が仏滅、

二直が除(のぞく)、

二十四節が寒露(かんろ)となっていました。

 

寒露は太陽黄径195度の日をいいます。

 

太陽高黄径とは、地球から見た天を球に見立て、

太陽が天を移動する通り道の座標のことです。

 

時間によって座標が移動するわけです。

 

調べてみると、この日の11時は太陽黄径194.9974度

 

まだ、二十四節の寒露に、

なっていなかったことがわかりました。

12時、195.0386

13時、195.0997

14時、195.1208

 

14時は0.1ポイント寒露に入った座標です。

 

もしかして、本来の座標は4桁なのかもしれないです。

 

0と1の使い訳があるのだとしたら、

PCの2進法の世界みたいですね。

 

宇宙の仕組みは量子力学で解明されているけれど、

波と素粒子の0と1の世界です。

 

なんだか、関係がありそうに思えます。

 

六曜の仏滅の本来の意味は空(くう) 物滅 

空の状態から新しいことが始まる、又は、始める日

0の状態が仏滅の日です。

 

十に直の除(のぞく) 

障害を取り除く、祓い清めや祭祀をすると良い日

こちらも0の状態の日です。

 

二十四節の寒露 

霜になる前に露が集まる 何もない所から新しい事が始まる

0から1になる日のようです。

 

001がカウントされた時が14時という解釈ができます。

 

暦や歴注のことは良く知らなかったのですが、

歴注が良好に重なるように、何かの力が働いて、

どうも、時間調整をしていただいたようです。

 

感謝です。

 

hokkyokusei2
 

私は時間調整が起こり、この時間でなければ会うことが無いような

偶然のご縁ができたことが何度かあります。

 

電話をかけたら、相手が私の話をしているところだったとか、

十秒違えば会うことが無かったぐらい大混雑している

自動改札や地下通路で、旧友と一緒になったなどが、

私の人生では良く起こります。

 

 

たぶん、宇宙からのメッセージは、

日常にあふれているのだと思っています。

 

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日本一高い米の生産者、戸邊秀治さん 戸邊農法とは? その5

戸邊流生玄米ダイエット

 

戸邊さんが薦めている生玄米の食べ方があります。

 

ダイエットにもなるそうです。

ダイエットでなくてもいいんですけどね。

生玄米をどうして戸邊さんがすすめるのか?

お話をしていただきました。

 



 

今の時代、お米が余っています。

 

外国から、たくさんの食料が輸入され、

お金で食べ物を買うことができ、

お米以外の物をたくさん食べるようになているからです。

 

戸邊さんがいつも懸念しているのは、

もしも輸入が止まってしまったら、

日本人は飢えてしまうということなんです。

 

 

しかも、食べ物の生産のためにたくさんの燃料や、

化学肥料などの輸入の材料が必要です。

 

それが入って来なければ、お米を食べるしかないけれど、

お米の生産量が減っているので、

どうやれば効率よく食べることができるのか、

考え続けた末に、生玄米食にたどり着いたというわけなんです。

 

美味しいお米の生玄米は、

思ったより食べやすく、噛んでいると甘みが出ます。

 

 

一度試してみてくださいね。

 

戸邊家のエネルギー削減の仕組み

 

戸邊さんのお宅の節電、節エネルギーの仕組みを

ご紹介しますね。

 

これぞ戸邊流のエネルギー自給、

核廃棄物減量、節エネルギーライフだよ~~


 

どうでしたか?

 

戸邊さんの発想の豊かさ、ユニークな工夫に、

感心しますよね。

 

戸邊さんご自身はもちろん、息子さんたちが、

時間がある時に、薪割をしているんです。
戸邊さんが、この動画の中で何度も言っている事は、

もしも輸入が止まったら?

外国から原料が買えなくなったら?

と、いうことなんです。

 

これからの日本はどうなる?心配なこと

 

 

今の日本の心配事は、それだけではありませんよね。
借金だらけの日本国通貨が暴落したら?

第2のリーマンショックで大企業や銀行の倒産が相次いだら?

南海トラフで大地震と大津波が起きたら?
悪い事は起きて欲しくないけれど、

過去に起きたことを思い出して、

常に備える必要があるんです。
万が一の時には、東日本大震災の時のように、

スーパーの棚から食品も飲料も消えてしまう。

 

ライフラインが途切れてしまう。

 

私たちはすでに、その経験を味わいました。

 

 

これから先の懸念は大きく2つあります。

 

ひとつは、東海トラフで起きる大地震と津波です。

 

現在、2016年10月を起点にすると、

最短では、2年2か月後の2019年1月に、

三重県沖で発生するという予想があります。

 

前回の

南海トラフの地震から67年たっており、

70年に1度の割合で起こるとされていることや、

能力者の意見からそう考えられます。

 

東北と台湾、九州のプレートのひずみは解消したので、

その間の南海トラフのひずみが、

修正されずに残されています。

 

信じるかどうかは、あなた自身で決めて下さい。

 

資料:内閣府防災
資料:内閣府防災


 

日本の経済が破たんしたとしたら、

輸入が止まります。

原子力発電や火力発電だと原料は輸入。

水道水を作るためのアルミニウムや活性炭も輸入。

ガスや石油も原料は輸入。

食べ物に関していえば、

国が発表している食料自給率はごまかしです。

細かいことを説明すると長くなるからやめますが、

80~90%の食料は外国に頼っていると言っても、

たぶん過言じゃないんです。

 

津波が来ない中山間地に移住して、

農的暮らしの準備をすることが、

生き残りにつながるように思います。

 

米と塩と大豆と食べる分の野菜を

自分で作ることができれば、食べていけます。

 

湧き水や渓流の水があれば、

井戸水や小さな緩速ろ過池を作れば、

水の確保ができます。

 

薪や炭、小さな太陽光パネル、

電池を少し多めに用意しておけば、

燃料は何とかなります。

 

コミュニティを作って、生き残りを考える時が、

来ているように思います。

 

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日本一高い米の生産者、戸邊秀治さん 戸邊農法とは? その3

雨の予報が晴れ!

 

2016年9月 新潟県十日町市に来ました!

 

1夜明けて、午前5時前、天気は・・・❓

Photo by Natsuko Takehara
 

日の出は、5時半過ぎです。

 

Photo by Natsuko Takehara
 

念じていた、信じていたかいがありりました。

 

雨が上がっていたんです。

雪女(晴れ女)の念が、通じたようです。

 

なぜ、雪女で晴れ女なのか?

 

取材やイベントなどを計画・企画したときに、

雨の予報でも降られたことが無いのです。

 

ところが、若い時からゲレンデに行くと、

大雪や吹雪になりました。

 

自分がスキーをするためではなく、

甥っ子を連れて行っても、

翌朝は車が雪に埋もれていました。

 

これで、地元の小学校の運動会もOKです。

 

日の出とともに田んぼへ行きます。

 

戸邊さんの田んぼの稲刈り

 

 

今、田んぼへ来ています。

 

Photo by Natsuko Takehara
 

きれいでしょう?

来て良かったです。

 

photo by Natsuko Takehara
 

新潟県内でも、こんな天日干しを

しているところは、ないと思います。

 

Photo by Natsuko Takehara
 

今は、天日干しをしていますと言っても、

途中から乾燥機で調整する方が、多いからです。

 

はざがけで天日乾燥する場合、乾燥具合の管理し、

お米をちょうどよい水分量にするまで、

手間がかかり、感を養わないと、

上手く、むらなく乾燥させることが出来ません。

 

稲の栽培技術だけで、

お米が商品になるわけではないのです。

 

稲刈りをして、乾燥を始めるから、

日本一のお米として、毎年同じ品質で出荷できるように、

本当に良く稲を見て、商品化を行っていくのです。

 

人と稲と自然が調和している戸邊さんの田んぼ

 

食べられるのは当たり前だと思っているお米。

 

でも、もし石油系の燃料や化学肥料、農薬を

日本が買うことができ無くなれば、

日本のお米の多くは、作れなくなるんです!

 

そんなことになっても、お米が作り続けられる方法を模索し、

戸邊農法が作られてきたのです。

 

Photo by Natsuko Takehara
 

私が今来ている新潟県十日町の戸邊さんの田んぼは、

農業機械を一切使わないで稲の栽培を行っています。

 

ビニールハウスさえありません。

 

トラクターもコンバインも乾燥機もありません。

 

作業はすべて、家族の手作業です。

 

とことん、効率の良さとやりやすさ、

身体への負荷のかからなさを、追求した作業方法です。

 

Photo by Natsuko Takehara
 

肥料も買っていません。

 

ただ、勘違いしないでください。

 

勘違いで、無肥料栽培を良しとする人が多いのですが、

稲を痛めつけて老化させて、無肥料で栽培することが、

良いことではありませんから。

 

苗のうちに肥料不足で老化させ、

本来の稲の強さを出し切れないのに、

勝手に、窒素固定菌が肥料を与えているなど理由をつけ、

検証の無いことをしている人が多いからです。

 

戸邊さんの場合、そういう苗いじめは、していないのです。

 

有機栽培でもありません。

 

有機認証制度というルールが守られていれば、

肥料過多の作物も、肥料欠の作物も有機栽培になります。

 

認可された農薬を使うこともできるわけです。

 

有機栽培だからい良い、有機栽培は全て良いと

いうわけではないことを知ってください。

 

戸邊さんの技術はすべて、

実践してきた作業や経験から生み出された、

再現性の高い、

自然循環の仕組みによって成り立っています。

 

戸邊さんの田んぼでは、

自然循環と人の仕事が調和しています。

 

稲の育つ環境を人が作り上げています。

だから、肥料を入れません。

 

稲と人の意思疎通ができているような環境です。

 

最高に良い作業効率を考え、環境を考え、

燃料をできる限り使わない方法を考え、

稲のことを考えて、生まれて来た環境です。

 

考えて考えた末に、

やらなくてよいことをも、決めています。

 

 

田んぼに生えている草は、

普通の無農薬の田んぼに生えているような、

稲の肥料を奪ってしまう草ではありません。

 

ほとんどが、絶滅危惧種で、めったに見ることの無い水草ばかりです。

 

 

きっと、昔の人は、今の田んぼに生えているような、

草と戦っていたわけではないのでしょう。

 

ここでは草さえも、稲と田んぼとの調和に見受けられます。

水と光、土と稲、どれもが調和し、美しい限りです。

 

Photo by Natsuko Takehara
 

田んぼを借りて、稲を作り始めた当初は、

戸邊さんの田んぼにも草がたくさん生えたそうです。

 

年々、稲の肥料を奪う草が減っていったそうです。

 

 

戸邊さんの田んぼには一年中、水が張ってあります。

 

Photo by Natsuko Takehara
 

専門的には、周年湛水といいます。

 

ですから、稲刈りも、水がある田んぼで行います。

 

雨の日でも、稲刈りが行われています。

 

稲刈りも稲を運ぶのも、水のある田んぼの方が、

作業が楽で、腰が痛くなることもないそうです。

 

Photo by Natsuko Takehara
 

30歳で自給自足を目指し、挫折し、

都会に戻り、0からやりなおし、

それでもあきらめずに、追求して、

何年もかかって、今日に至っています。

 

 

工夫と体験と改善を毎年のように繰り返して、

結果としてここまで美しく、

日本良いと評価を受けるまでになりました。

 

 

その道のりと努力、学びの意欲に、

敬意を示してほしいと思います。

 

前向きな姿勢や努力、学びを、

田んぼを始めるなら、続けて欲しいと思います。

 

日本一の米の生産者の元に来て、

農業ならなんとできるだろう、

同じようなことがすぐできるようになるだろうと、

言葉で教えてもらえばわかるだろうと考えるのは甘すぎます。

 

 

日本一に学ぶつもりであれば、

それだけの姿勢や努力を持ってください。

 

これから、田んぼを始めたい方がいたら、

是非、この田んぼの成り立ちに、

素晴らしい戸邊農法が生まれるまでの過程に、

敬意を持って学んでほしいと思います。

 

こんな素晴らしい農法を構築してくれたのですから。

感謝!

 

 

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