「農業」カテゴリーアーカイブ

また、失敗したら教えてください

また、失敗したら教えてください。

 

こういわれたら、どう返しますか?

 

私ね、インターネットの活用方法は、

2年かかってやっとやっと、

わかってきたところなんです。

 

無料ブログとかも作りまくって、放置サイトも多いんですが、

かなり前に立ち上げた、外注で作った

放置サイト(ネットショップ)もあります。

 

外注なのにどうして、放置してるの?

お金がかかるじゃない?

 

実は、不耕起栽培の会を

私と一緒に辞めた農家の人達が、

資材などを購入できなくならないように、

維持しているサイトがあるんです。

 

不耕起栽培と無農薬の支援サイト

 

たまに飛び込み注文が来るの。

 

今日のお昼に突然来た電話。

支援サイトから見つけてきたんだね。

 

お昼ご飯を作っている最中・・・

1時間話に応じてしまいました。

 

 

9年前に取材に来た方で、

定年して故郷の中山間地にもどり、

不耕起栽培を始めたそうです。

 

1年間、長野まで不耕起栽培を

学びに行っていたそうです。

 

いろいろ話をしてわかったのは、

彼が学んだのは、

長野でいくつの資材を

どのくらいいつ入れるか?

などの、ノウハウと手順でした。

 

全く不耕起稲作りの基本はわかっていなくて、

必要もないEM菌とか乳酸菌とかを

いつ田んぼに入れるのかみたいな、

手順だけ覚えてきたようでした。

 

 

どうしてをそれを入れるの?

なぜそれが必要なの?と聞いても、

その方にはわからない、答えられません。

 

彼が9年前に感動した不耕起栽培では、

実践している農家の人たちも

使っていない資材です。

 

必要もない物を入れる

=物を買う?買うことを勧められた?

 

 

苗づくりのために

田んぼに土盛りをして(土を高く盛り上げて)

育苗箱を並べ、水を張って苗を育てたそうです。

 

どうして土盛りが必要だったの?

わからないそうです。

 

近所の人が、昔やっていたのが、

土を高くして、そこを苗代にしていた・・・

それを聞いて、やったそうです。

 

どうして、習ったところに聞かないの?

近所の人は不耕起栽培なんて知らないよね?

 

彼 ・・・・

 

 

結局1時間も話に捕まって

(お昼ご飯を作りかけてたのに~~)

わかったことは、長野の手順と時期、

使う物だけ覚えてきたってことでした。

 

1年やってうまくいかないのは、

教えてくれた人にとことん質問しないで、

不耕起栽培を知らない周りに聞いて

首降り農業をやっていたためでした。

 

 

全国に100の田んぼがあったら、

品種、土質、水条件、気象条件、

すべて異なるのです。

 

同じ手順はあり得ません。

最後に、

「また失敗したら、教えてもらえませんか?」

と言われました。

 

どうして失敗する前に、

どうすればいいのか、

失敗しない手順を教わろうっていう発想に

ならないのかなあ?

 

教わった所にとことん質問してから、

確信をもってやらないんだろうか?

 

田んぼをやる時の相手は稲。

相手は自然環境です。

 

日本では稲は、1年生の植物。

生きものなんです。

 

失敗したら、すぐに元の体には戻らないんです。

「また失敗したら、教えてもらえませんか?」

私には、その発想が良くわからないです。

 

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インターネット上で田舎暮らしと農業を学ぶコミュニティ始めます

「ローカルライフきらめき」始めます

 

私は20年ほど農業や農村にかかわり、

農業や田舎暮らしを始めて、


上手くいった人、いかなかった人を


たくさん見てきました。

 

消えていく人を見るのは、私にとっても、


とても辛いこともありました。

 

みんながうまく


田舎移住を果たしてほしいと思っています。

 

私がコミュニティを作ったわけについて、


記事にまとめました。

 
 
 

WEBコミュニティってなあに?というご質問へのお答え

 

田舎暮らしと農業を学ぶ

「ローカルライフきらめき」に参加したいけれど

行けませんと言われる方もおられます。

 

WEBコミュニティというのが

わかりづらいのかもしれません。


 

WEBコミュニティというのは、

インターネット上のグループです。

 

Facebookグループのサロンです。


 

月払い、年払いどちらも、お申し込み後に


Facebookグループに招待します。

 

 

基本はFacebookグループ内でワーク、動画視聴をして、


ディスカッションをします。

 

ディスカッションにはメッセンジャー複数通話、


Skype複数通話や画面共有も使います。

 

不耕起栽培の勉強はSkypeで、月に1~2回、毎回2時間程です。


 

内容は2009年まで千葉で年間10回

86000円で行っていた農業塾の、


実習を除く不耕起栽培の技術と理論講義と

ほぼ同じ内容になります。


 

田んぼを実践される方対象です。

ご希望があれば、

PC初心者向けのPC講座を行います。


 

WindowsPCの使い方、

インターネットで収入を得る方法の


基礎的な内容です。

 

ブラインドタッチ、ドキュメント、

スプレッドシート、スライド、

Youtubeなどの使い方、動画編集、

無料ブログ開設、オークション、

せどり、アフィリエイト、Amazon販売など。


 

3か月後にワードプレスで

ブログ開設ができるようになるようにサポート。

 

将来、7~8万円の別講座にする予定ですが、

モニターとして、10名以内限定で、

2か月目以降にメンバーを選び、


無料で約3カ月サポートします。

 

日本語ができて、

PC初心者でもインターネットができて、

FacebookとSkypeができれば、

世界中どこでも学べる講座です。

 

ローカルライフきらめき

 

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冬期湛水水田と緩速ろ過の浄水場 その1

 

田んぼに水は無い?

 

 

水田とは、水を湛えた田んぼのこと。

 

田の字の意味は、穀物を栽培する所。

穀物の栽培で水の中で行うところが

田んぼです。

 

昔は稲だけではなく、

稗(ひえ)や粟(あわ)、黍(きび)などの

イネ科の雑穀もマコモやヨシも

田んぼで育てるものだったんでしょうね。

 

穀物以外のものを作るところは、

「はた」と呼んだようです。

 

端、側から、

畑、畠になったんでしょうね。

 

田んぼの横で火を燃やすところ?

田んぼではない明るい所?

田んぼとはっきり区別されるところ?

田んぼに水が入ってくるところ?

 

 

だから、昔は田んぼって、

水があるとは

限らなかったのかもしれません。

 

では、現代はどうでしょうか?

 

もしかして、田んぼには

いつも水があるものだと、

思っていますか?

 

 

 

日本中の多くの水田地帯では、

年のうち6ヵ月は、

水が無いんです。

 

乾田(かんでん)の状態です。

 

農家が田んぼに水を張るのは、

田植え前から初夏と、

夏の終わりから稲刈り前まで、

わずか4ヵ月です。

 

稲刈りの時に、

大型重機であるコンバインを

田んぼに入れる必要があるため、

機械が泥にはまらないように、

田んぼから水を抜きます。

 

そのあと春まで、

田んぼに水はありません。

 

Photo by Natsuko Takehara
 

また、多くの地域で、夏に中干しという、

田んぼの土を乾かす期間を設けます。

 

農作業の

機械の都合、作業の手順に合わせ、

田んぼに水を入れたり抜いたりで

きるようになっているからです。

 

冬期湛水水田

 

あえて、稲刈り後の田んぼに

水を張っておくのが、

冬期湛水水田です。

 

Photo by Natsuko Takehara
 

冬期湛水(とうきたんすい)というのは、

冬の間水を湛えている、

溜めてあるという意味です。

 

つまり冬の間、田んぼに

水を張りっぱなしにしたのが、

冬期湛水水田です。

 

冬期湛水の取り組みが始まったのは、

1998年の稲刈り後、宮城県でのことです。

 

その地域はマガンやハクチョウの飛来地でした。

 

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マガンやハクチョウなどの渡り鳥が、

冬に湛水した田んぼを、

ねぐらに利用しないだろうかという

実験的な取り組みからでした。

 

結局、その年、鳥たちは、

冬期湛水の田んぼをねぐらには

しませんでした。

 

しかし、休憩場所として

利用をしてくれました。

 

農業用語では、

冬期湛水と言いますが、

野鳥や自然環境保護の視点では、

冬・水・田んぼとも呼ばれています。

 

冬期湛水による田んぼの生きものの変化

 

宮城県で初めて冬期湛水が行われた後、

全国各地の不耕起栽培農家が、

冬期湛水を始めました。

 

各地で、様々な現象が報告されました。

 

Photo by Kiyo Nakamura
 

ハクチョウだけではなく、他の渡り鳥や、

留鳥が立ち寄るようになり、

動物や肉食の鳥も現れました。

 

田んぼの土にも変化が現れました。

 

本来、土が固い

福島県郡山市の田んぼは、

1999年に冬期湛水を始めると、

田んぼの表層の土が、

トロトロした状態になっていました。

 

各地のハクチョウが来る田んぼを

訪問していたので、私たちには、

ハクチョウが歩いて、土がえぐれ崩れるのと、

表面のトロトロは別のことだと思われました。

 

 

2001年の秋に初めて湛水した

千葉県の不耕起田んぼでは、

翌年の春に、大量にニホンアカガエルの

卵塊(らんかい)が、見つかりました。

 

Photo by Natsuko Takehara
 

前年まで、この田んぼで

ニホンアカガエルは、

全く観察されていませんでした。

 

5、6月には小さなニホンアカガエルが、

大量に観察できました。

 

Photo by Natsuko Takehara
 

その後の観察で、冬期湛水の田んぼでは、

ミジンコが、田植え後の一時期に

大量発生することもわかりました。

 

藻類や浮草の発生状態も変わりました。

 

明らかに生態系に変化が起きていました。

 

2001年6月に、この田んぼで、

生きもの調査をしました。

 

冬期湛水をしていない田んぼに比べ

田んぼの表層のとろとろした泥の中に、

イトミミズとアカムシ(ユスリカの幼虫)が、

大量に棲んでいることがわかりました。

 

Photo by Natsuko Takehara
 

計算上は、10アール当たり、

イトミミズ 220万匹
ユスリカ 120万匹

 

イトミミズは、

田んぼの土を採取しようとすると、

危険を感じ10~20cmぐらい下まで

土の中に潜るようです。

 

ですから、データの正確さはわかりません。

 

小さな昆虫や巻貝やシジミ貝の仲間も、

田んぼの土の中にいることが確認されました。

 

イトミミズが土の中の有機物を食べ、

お尻から吐き出す糞や、アカムシの糞が、

トロトロ層を作っていたことが、

その後の調査や文献からわかってきました。

 

Photo by Natsuko Takehara
 

田んぼに水を張り始めた秋には、

田んぼに微小な昆虫やダニ類などの、

分解者が大量発生することも目撃しました。

 

Photo by Natsuko Takehara
 

 

 

どうやら、普通の田んぼとは違い、

わらや有機物の分解者が増えています。

 

ダニ類と聞くと吸血したり寄生することを、

イメージするかもしれません。

 

ダニ類の大半は、吸血しません。

 

土壌で生活する多くのダニ類は、

落ち葉などの有機物やそれが分解したもの、

菌類、腐ったものを食べています。

 

Photo by Natsuko Takehara
 

私が冬期湛水の田んぼで出会った、

小さな昆虫やダニ類は、

わらやわらを分解する菌類を

食べていたのだと思います。

 

 

冬期湛水した田んぼでは、

田植え後に、藻類や浮草類が、

急に増えることもありました。

 

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フィチン酸、アブシジン酸、玄米食批判のうそ

 

ネット上の食品の記事はうそだらけ

 

インターネット上には、

たくさんの情報があふれています。

 

いろんなことを調べられるので便利です。

 

ところが、立場が違えば、

書いてあることは逆のこともあります。

 

素人が書いた記事には、

間違いも多くあります。

 

トレンドブログやトレンドサイトという、

お役立ち情報を掲載している、

サイトが多くあります。

 

こういうところの記事を

読んでいくと、

明らかに素人が書いた記事が、

沢山あります。

 

書いた人の名前も肩書も

わからないサイトの記事。

 

明らかに間違っている

内容の記事が、沢山あるんです。

 

試しに、

ニンニクの成分、タマネギの成分、長ネギの成分

これで検索していくつかの記事を読んで、

比較してみてください。

 

3つの野菜の

良く取り上げられる健康に良い成分、

有効な成分は別のものです。

 

しかし、ニンニクの成分が、

タマネギや長ネギの記事で書かれていたり、

その逆もあることに気がつくでしょう。

 

 

トレンドブログやトレンドサイトの仕組み

 

食品の成分や栄養を書いてあるサイト、

お掃除方法など生活上の知恵を書いたサイト、

地域のグルメ情報・・・。

 

このような記事の多くは、

アフィリエイトリンクからの収入を得る目的で、

作られています。

 

サイトアフィリエイトは、

個人が販売代理店や広告代理店として、

自分のブログやサイトに広告リンクを

貼って収入を得ているものです。

 

ですから、色々なサイトを、

一人で運営していることもあります。

 

一人では記事が書ききれないので、

SOHOでアルバイトを雇い、

テーマに沿って記事を書く依頼をしています。

 

アルバイトの人は、

テーマに関係のあるサイトを読み、

それらのサイトの記事をパクって、

リライトしています。

 

間違った素人の記事をもとに

リライトすれば、ネット上で

うそを書いた記事が増えていくことになります。

 

玄米のフィチン酸、アブシジン酸は身体に悪い?

 

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玄米について書いてある記事の多くに、

玄米に含まれるフィチン酸やアブシジン酸が、

身体に悪いと書いてあります。

 

中には、玄米にはこれらの成分があり、

身体に悪いので、5分搗きのお米に、

雑穀を混ぜて食べましょうと

書いてあったりします。

 

ここまで書かれると・・・笑えます!

 

玄米だけでなく、雑穀、豆類、ナッツなど、

ほとんどの穀物、種子に

これらの成分があるからです。

 

種子の部分に多いといだけで、

植物の体全体にあるんです。

 

それ、当たり前なんですよ。

 

植物の種子は子孫を残すために、

様々な機能を備えています。

 

水や適度の温度があれば、

発芽できるように。

 

季節を間違えないで、

芽を出せるように。

 

寒い時期には、休眠して、

芽が出る時に必要な栄養を

種や芽に保存し体力を保つように。

 

そのために必要なさまざまな、

植物ホルモンや、

栄養成分を捕まえておく物質が、

種子の中にあるんです。

 

単独で働くために、種子の中に

フィチン酸やアブシジン酸が

存在して要るわけではないんです。

 

 

玄米がそうであるように、

種子はすでに、1個の生命体なんです。

 

私は玄米を哺乳瓶をくわえた

胎児・赤ちゃんに例えます。

 

 

フィチン酸が身体に悪い、

アブシジン酸が体に悪いというなら、

全ての植物を食べると、

全ての穀物、種子を食べると

身体に悪いというのと同じです。

 

 

フィチン酸もアブシジン酸も

調理で加熱すれば、

多くは分解してしまいます。

 

人間にはフィチン酸を

分解するフィターゼという酵素がありません。

 

反芻動物には、フィターゼを作る微生物が、

消化器の中に共生しています。

 

でも、ヤギに玄米を食べさせないでくださいね。

死んでしまうこともあるから。

 

 

で、話を戻すと、

種子自体がフィターゼという分解酵素を持っているようです。

 

植物種子を水に漬けると、

フィターゼが活性化するといわれています。

 

種子が発芽の準備を始めるためなんです。

 

フィチン酸の分解過程は加水分解となりますので、

水に漬けることでも分解が始まるのは、

不思議なことではありません。

 

発芽玄米が良いというのは、

玄米が発芽する際に、

フィチン酸が分解されるからなんです。

 

発酵もフィチン酸を分解します。

 

大豆にはたくさんのフィチン酸がありますが、

醗酵させることで、消化も良くなり、

ミネラルやリンも消化吸収しやすくなります。

 

米ぬかも発酵させて糠床に使えば、

フィチン酸は分解されるわけです。

 

生でフィチン酸を食べても、

フィチン酸自体がつかんでいるミネラルが

分解されず消化もされないだけではないでしょうか。

 

フィチン酸が単独で悪者にされるのは、

おかしいように思います。

 

 

アブシジン酸は水に溶け、熱でも分解します。

 

玄米や豆類を水に漬けて置き、

加熱前に水を取り替えれば、

かなりの量が無くなります。

 

フィチン酸を体に悪いと書いている人は、

たぶん、フィチン酸の構造や

存在の意味を知らないのだと思います。

 

米ぬかのフィチン酸を原料に、

大量の総合ビタミン剤や、

肝機能や血管機能を良くする医薬品が

作られていることも知らないのでしょう。

 

玄米や豆類を加熱・醗酵して食べると、

フィチン酸が多いため、ビタミンB群やリン酸、

カルシウム、マグネシウム、鉄などのミネラルも

摂取できるということになります。

 

ですから、玄米を食べると身体に悪い!という

直接的理由にはならないでしょう。

 

フィチン酸とアブシジン酸

 

どんな植物の種子にも

たくさん含有されている

二つの物質は、

いったいどんなものなんでしょうか?

 

フィチン酸はイノシトールを

核としている物質です。

 

inositol
 

これが、イノシトールです。

 

そして、

 

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こちらが、フィチン酸です。

 

植物は光合成をして、でんぷんを作ります。

でんぷんだけでなく、

直接スクロースを作る場合もあります。

 

でんぷんは、スクロース、

エネルギー源のグルコースなどの

糖類をつくる材料になっています。

 

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これがグルコースです。

 

グルコースとフルクトースがくっつくと、

スクロースになります。

 

ですから、

イノシトールもフィチン酸も

でんぷんや糖類から作られます。

 

穀物の陽性が高いのは、

これらの糖類のエネルギーが

高いからです。

 

遠赤外線の吸光度が

とても高いとも言われています。

 

フィチン酸は、植物の発芽、生長や生殖に不可欠な、

リン酸、カルシウム、マグネシウムほか、

ミネラル類をキレート作用で

しっかり抱え込んで、

体内に保存しています。

 

植物の体の中で使うために保存しています。

 

ですから、

実験室のフラスコやビーカーの中で起こる、

単体の物質のキレート作用を

いくら玄米食にあてはめても、

お話にならないわけです。

 

アブシジン酸も、

植物持つホルモンです。

 

ですからどの植物にも、

どの種子にも含まれています。

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休眠ホルモンと言われ、

気温や水分などの

種子が発芽できる条件が整うまで、

種子の発芽機能を押さえています。

 

落葉ホルモンという呼ばれ方もします。

 

秋に植物の葉が枯れ、

木の葉が落ちるのは、

葉に栄養を送るのをやめ、

根や種に栄養を溜めておくための

アブシジン酸の働きです。

 

どちらの物質も、

植物が生き残るために

必要だからあるんです。

 

フィチン酸もアブシジン酸も、

自然界に存在する理由があるんですね。

 

人が調理を覚えたのも、

消化を助ける理由があったわけです。

 

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一晩だけ現れた不思議な光の話

 

おびただしい光

昨夜、地面近くにおいてあるカメラに、

ホコリのようなものが映り始めました。

 

 

はじめは、ホコリのようなものが、

カメラの前にチラホラ。

 

たくさんの細かい光が、カメラの前で、

無数にキラキラ舞っていました。

 

昨夜は雨上がりで、

地面は湿っており、

ホコリが経つ筈もありませんでした。

 

空は晴れて、霧も出ていませんでした。

庭の空気は澄んでいて、

空も街灯もはっきり見えました。

 

 

舞うようなものは

近くにありませんでした。

 

なぜか地面から近い所を、

細かい光がたくさん舞っていました。

 

懐中電灯で照らして、手をかざしても、

何も手に着きませんでした。

 

深夜2時には、激しく舞っていました。

 

たった一晩だけの出来事でした。

 

とても不思議!

精霊たちの夜?

 

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肥料過多は稲が倒れる(倒伏)の原因になるのか?  

 

田んぼで稲に肥料をたくさん与え過ぎると、

稲が倒伏するという話があります。

 

そのようなコメントもいただきましたので、

説明しておこうかなあと思いました。

 

確かに、思い当たることが肥料の入れすぎでは、

ということもあるでしょう。

 

肥料の入れすぎかどうかは、

稲の色を見ればわかります。

 

肥料を田んぼに撒きすぎていて、

チッソが効いていると、

稲の色は青が濃くなります。

 

肥料が切れてきている場合や、

稲が枯れ始めていれば、

稲の色は黄色っぽく緑の色が褪せてきます。

 

 

稲刈りの時期に、稲の色が濃いかどうか?

 

稲の色にかかわらず、

倒れる稲と倒れない稲があります。
(写真比較)

 

Photo by Natsuko Takehara
 

同じ日に撮影した写真ですが、

この比較は極端な例で、

中間の色でも倒れる稲はあります。

 

黄色い稲は、

すでに老化し劣化しているように見えます。

 

稲刈り前に根が傷んできている

可能性があります。

 

肥料が効いて、

色が濃くても、背が高くても、

倒れない稲もあるからなんです。

 

肥料が切れていたり、枯れ始めていて、

倒れる稲もあるわけです。

 

肥料の入れすぎが

倒伏の直接原因だとするなら、

肥料が切れてきている稲が

倒れることと矛盾します。

 

 

肥料過多は、

倒伏の要因の一つになりますが、

直接原因ではありません。

 

 

維管束が発達していない、

茎が細いという原因がある時、

肥料過多で、いつまでも茎が伸び上がると、

肥料過多が倒伏の要因に加わります。

 

維管束?? 維管束といわれても

わかんないよ?という人もいますよね。

 

維管束は栄養を運ぶ

血管みたいなものです。
葉脈や茎の切り口に見える

スジといわれるものは、

維管束が通っているところです。

 

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植物には骨が無いので、

細胞壁を作るセルロースが、

身体を支える構造になっています。

 

セルロースは、

光合成で作られる炭水化物から合成されます。

 

稲の場合は、光合成で、

でんぷんとスクロースという糖をつくるので、

スクロースからセルロースを

合成するのではないかと思います。

 

光合成をおこなうのは葉緑体なので、

稲の場合は、

葉と鞘葉が炭水化物製造工場です。

 

茎が太くなるために

維管束が発達するかどうかは、

炭水化物製造工場の面積が、

広いかどうかに

影響されると考えられるわけです。

 

では、工場の面積が決まるのはいつ?

と考えると、

苗の時ではないかと考えられます。

 

苗の時、葉(葉身)と葉鞘だけが

炭水化物製造工場なの?

 

茎は・・・?

 

苗の時、稲には茎が無いんです。

茎に見えているのは、

葉鞘がくるりと巻いている所なんです。

 

葉鞘と言うのは、葉の一部分なんです。

 

ですから、苗の時に葉(葉身)と葉鞘が、

炭水化物製造工場として機能しています。

 

単子葉植物は、苗の時の体質が、

大人になるまで維持されることが多いです。

 

Photo by Natsuko Takehara
 

 

稲には、ほかにも面白い性質が

いろいろあるんです。

 

たとえば水稲(すいとう)と陸稲(おかぼ)。

 

昔は畑でも稲を育てていました。

 

稲は、根の構造を変えて、

水中でも陸でも育つんですよ。

 

だって、苗の時は、水苗代(みずなわしろ)ではなく、

水を散布しての育苗が多いですよね。

 

photo by Natsuko Takehara
 

ハウスの中で水かけをして育てている苗は、

陸稲の構造の根を持っているんです。

 

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台風被害を知っておう 二百十日は台風の日、農家の厄日だった

 

夏の天気と台風と

 

台風は二百十日、立春から210日目の9月1日が、

台風が襲来しやすい農家の厄日とされてきました。

 

私が子どもの頃は、

台風は秋になると来るものだと思っていました。

 

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夏は入道雲が出て、夕方になると突然大空が曇り、

遠くから雨が迫ってきました。

 

夕立ちが毎日のようにあったんです。

 

子どもたちは、大慌てで、雨雲や雨が迫ってくるのから逃げ、

家に飛び込んだものでした。

 

夕立ちは、せいぜい1時間足らずで終わりました。

 

その後は、気持ちが良い風が、

窓から入ってきたものでした。

 

夏の終わりになると台風の発生がありました。

 

その頃になると、夕立もなくなり、

入道雲も見なくなったと思います。

 

Photo by Natsuko Takehara
 

 

近年の台風は発生期間が長くて巨大化している

 

近年の台風はと言えば、

6月ごろから発生し、

ひどい年は11月まで襲来します。

 

台風の発生が早くなったと同時に、

勢力も強く大きくなっています。

 

昔は本州には6月に梅雨に入り、7月にあけましたが、

近年は7月に梅雨に入り、8月ごろあけます。

 

6~7月に、梅雨が無かった北海道まで雨が続きます。

 

 

地球温暖化の影響とも言われますけど。

 

雨が多くなり、亜熱帯の気候にも似てきました。

 

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雨の降り方も、ゲリラ豪雨が多くなりましたので、

これからの時代は、大雨や洪水、土砂災害に気をつけて、

住むところや田畑を選ぶ必要があると思います。

 

昔の田植えと稲刈り

 

昔は田植えの頃、梅雨時の雨の水を利用して、

田んぼに水が入ることを予定して田植えをし、

9月ごろから稲刈りが始まり、

刈り取った稲をはざがけしていました。

 

台風が来ると稲刈りが遅れるし、はざがけの杭が倒れたり、

干していた稲が飛ばされる被害を恐れていたのです。

 

 

水が多い所では、腰や胸まで水に浸かって、

舟を曳きながら稲刈りをしたそうです。

 

 

それでは、台風やお雨では、

とても稲刈りができませんよね。

 

 

だから、二百十日は農家の厄日だったわけです。

 

 

昭和に入り、稲作手法が大きく変化して、

関東以西の田植えは4月末~5月になりました。

 

ひと月以上、田植えが早くなった理由は、

前進栽培から三早栽培へと稲の栽培期間が、

前倒しできるようになったためです。

 

関東以西では、多くの場合、

4月末に田植えするのは早生稲、

5月に中生を田植えするわけです。

 

関東以西でも標高が高いところや、

春の気候が稲の生長に適すのが遅い地域では、

5月中旬~6月に田植えをするところもあります。

 

晩生を栽培している地域もあるので、

品種によっても田植えと稲刈り時期は違うんです。

 

多くの稲の品種は田植えから3カ月で収穫期を迎えるので、

今も関東以西では、昔から9月1日は稲刈りシーズン真っただ中です。

 

台風の被害とは

 

台風の被害といえば、雨と風によって、

稲が倒れることのように思いますよね。

 

確かに、稲が倒れてしまい、

地面にべったりと寝てしまうと、

稲刈り前の籾が泥にまみれて傷み、

腐ってしまったり、穂発芽して商品にならなくなってしみます。

 

しかし、海が近い地域では、

塩害というもっと深刻な被害が起こります。

 

台風が海水を巻き上げて陸に運び、

田んぼの稲全体が塩を含む雨や風で傷んでしまう現象です。

 

稲は塩に弱いため、茎や葉だけでなく根までが、

塩の影響をうけて、田んぼ全体の稲が枯れ上がります。

 

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地域一帯の稲が、塩害で収穫皆無になることもあるんです。

 

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天地開闢と稲作発祥日本ルーツ説

 麻の栽培は1万年以上前という説

 

古代の日本人は、植物繊維で作った衣服を着ていたらしい。

 

日本書紀や古事記のものがたりからも、

想像できる服そうですよね。

 

野生の麻を使っていたのでしょうか?

それでは効率が悪いですよね。

 

自然の麻を採取するのではなく、

日本で麻の栽培を始めていたのは、

紀元前1万年ぐらい前という説があります。

 

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そのころの日本は、縄文時代、

 つまり石器時代です。

 

 そんな時代に、農業、栽培が始まっていたのでしょうか?

 

稲はいつから栽培され始めたのか?

 

 稲作よりも麻の栽培が前なのか?と考える人もいますよね。

 

どちらが先とも考えにくいのですが、

衣食住は、同時に起こるニーズのような気がしませんか?

 

 

では、日本で稲作が始まったのはいつなんでしょうか?

 

 

 

稲作発祥について、1万年以上前(BC8000年頃)、

中国の長江流域(湖南省)が、発祥の地だとする説や、

雲南省からインドにかける地域が発祥の地という説があります。

 

それらが中国やや朝鮮経由で、紀元前5000~6000年頃に、

日本に伝わったというような説がありますが・・・。

 

 

 

青森県の三内丸山遺跡をご存知でしょうか。

 

 

 

約5500年前~4000年前の縄文時代の集落跡です。

 

となると紀元前3000年ごろでしょうか?

 

 

 

大型の竪穴住居10軒を含め、最大750軒の住居に、

 最盛期で500人が暮らしていたという遺跡です。

 

  

木器(掘り棒、袋状編み物、編布、漆器)、

 土器、石器が出土しているそうです。

 

  

石製品には黒曜石、琥珀、翡翠製大珠などがあるそうです。

 

青森県では採取できない石や、土器の形状から、

 他県や大陸との交流がうかがわれるとのとのこと。

 

 ここで発見されたものの中には、幾種類もの作物があります。

 

エゴマ、ヒョウタン、ゴボウ、マメ、クリ、クルミ、トチなど。

 

樹木まで栽培していたのに、1年生植物の栽培が、

エゴマ、ヒョウタン、ゴボウ、マメだけとは考えにくいですよね。

 

 

5500年前に、三内丸山の部落では、

高床式の倉庫は、何を保管したのでしょうか?

 

上記の作物で考えられるのは、

長期保存が可能で、種を食用にするものと考えると、

エゴマの種、豆、クルミでしょうか?

 

 栗やトチの実も粉にすれば、保存が可能です。

 

油に漬ける、塩の漬ける、いぶして薫製にすれば、

様々な植物の長期保管が可能になります。

 

 

しかし・・・、

そもそも、上記のような栽培植物だけで、

500人もの人たちが暮らせるとは思えません。

 

衣服をまとうのに、大型動物の毛皮が足りていたでしょうか?

 

 

植物で編んだものがあったなら、

当然、衣装も植物繊維で作っていたでしょう。

 

 人数が多ければ、栽培しなければ衣料用繊維が足りません。

 

 

500人も人口がある集落では、

狩りをして肉を集めるだけでは、足りないと思えますよね。 

 

狩猟と採取の生活が、

日本人の縄文時代だったのでしょうか?

 

まだ稲作をしていなかったとしても、栽培技術を持ち、

穀物倉を作ってあったとしたら、

雑穀はすでに栽培していたのではないでしょうか?

 

Photo by Natsuko Takehara
 

 

稲作は縄文時代に日本で始まったのではないか?

 

縄文時代は石器時代という考えとは、

実は、全く別の説があります。

 

 

今から3万年前には、磨製石器ができていた

という説です。

 

それ以前の石器は打製石器といって、

石を叩いて割って作った石器です。

 

 

石に磨きをかけ、

用途によって刃を付けたのが、

磨製石器です。

 

 

打製石器が12万年前(BC118000年頃)には、

日本で使われていたという説があります。

 

 打製石器や木製器があれば、自然環境を利用して、

植物の栽培や収穫が可能になるはずです。

 

打製石器があれば、木製器が作りやすくなり、

自然環境に手を加えることもたやすくなるはずです。

 

 

そう考えると、打製石器を使っていた日本人たちが、

栽培を手掛けようと考えてもおかしくはありません。

 

 

打製石器時代から、

磨製石器ができる時代になれば、

稲作や植物の栽培がもっと広大にできるようになっていたはずです。

 

 

なぜなら、磨製石器の発明は、

領地を広げるための、開拓の道具や、

槍のような武器を作ることを可能にします。

 

領地を確保すれば、住みやすい土地に定住するでしょう。

 

磨製石器を作る技術は、

住居を作るための斧やかんなを、作れる技術に、

発展していたはずです。

 

定住地の人口が増えれば、

移動して狩りを行い、肉や毛皮を得て、

野山での野生植物の採取をして、木の実や穀類を得ても、

集落で暮らす人の食料が足りません。

 

約1万年以上前に中国で稲作をしていた形跡があるのならば、

逆に、日本から伝わったという説があっても、

いいのではないかなあと思うんです。

 

photo by Natsuko Takehara 

 

 

8000年前(BC6000年頃)には漆の使用方法が、

発明されていたそうなんです。

 

漆は、防腐剤として使われるように、

なっていたと考えられますよね。

 

 

人の遺体を腐らせないため?

 

そういう技術は、人口が増えて自然埋葬しなくなり、

王国のような国家組織ができた後の、

宗教的な儀式が生まれてからではないでしょうか。

 

 

古代の人でも、現代の人でも、

食べ物がなければ飢え死にするのは同じです。

 

 

食べ物が足りないということは、

集落の人たちの全員は、

生きるられないことを、意味しますよね。

 

 

食べ物を保存し、自然災害が起こっても、

収穫物が減った時でも、

食べることに困らないようにと、

集落の全員分の食べ物の確保・保管を、

第一に考えると思いませんか?

 

そうなると、食物や穀物を入れる入れ物に、

防腐剤や忌避剤を使おうと考えるものでは、

ないでしょうか?

 

 

稲作、日本発祥説、

なかなか、良いではないかと思います。

 

無いとは言えないですよね。

 

有ってもいいんじゃないでしょうか。

 

 

天地開闢(天地開闢)と地球の歴史をこう考えてみる

 

 

世界の歴史の中に、

天地創造の具体的な話が残っているのは、

日本の神話だけのようですね。

 

私のスピリチュアルな解釈は、

歴史や神話の学者さんとは異なります。

 

私がいつも宇宙とのつながりを考えている中で、

私が独自に考えた、地球誕生の物語です。

 

 

高天原に最初に現れた神様は、

天御中主尊(アメノミナカヌシ)です。

 

神様の名前や現れた順番は、

古事記と日本書紀でも異なるようですが、

以下は私の独自の考えです。

 

天地開闢(てんちかいびゃく)の時に、

高天原に最初に現れた、

天御中主尊(アメノミナカヌシ)は、

天の中心に座する主宰神です。

 

私は、天御中主尊(アメノミナカヌシ)とは、

北極星だと考えています。

 

このとき、続いて共に現れたのが、

高皇産霊尊(タカミムスビ)

エネルギーとプログラムを創造する神様。

 

神皇産霊尊(カミムスビ)

命を生み出す神様。

 

 

次に現れた神様は4神です。

以下も、私の勝手な解釈です。

 

天常立尊(アメノトコタチ)は、

大氣や気象、お天気を現す神様です。

 

豊斟渟尊(トヨクムヌ)は、

世界に豊かな水をとどまらせる神様です。

 

国常立尊(クニノトコタチ)は、

大地・土を作り出す神様です。

 

可美葦牙彦舅尊(ウマシアシカビヒコヂ)は、

エネルギーを活力と増殖力に転換する神様です。

 

 

私が考えてみた、これらの神様の役割は、

地球上に生命を生み出すために必要な、

物理学的な要素になります。

 

宇宙の法則は、量子力学の法則です。

 

宇宙の法則に無いことは、

地球上でも宇宙でも起こりえないと考えています。

 

不思議なことが起きても、

それには必ず原因があり、結果として起こっているのです。

 

地球上に酸素や水があり、植物や動物が生き、

私たちが暮らしているのも、物理現象です。

 

 

私の解釈では、

天地開闢は、地球の誕生のことなのです。

 

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高天原は、銀河系です。

 

淀んだものをかき交ぜて、地球が誕生し、

生命が誕生するプログラムが組まれました。

 

その時、中心となった天御中主尊(アメノミナカヌシ)は、

当時の北極星、りゅう座のツバンという考え方です。

 

 

北極星は、1つではありません。

 

現在は、おおぐま座のポラリスが、北極星ですが、

数万年ごとに、星が替わります。

 

いくつかの星が、順番に北極星になっていることは、

天文学上明らかになっています。

 

 

21個の北極星があると、私は考えています。

 

天地創造の物語が明確に残っているのは、

どうも、日本神話だけのようです。

 

これだけ、明確に伝えられてきたことには、

日本人の歴史が、かなり古いことを、

意味しているのではないでしょうか?

 

そうだとしたら、稲作も、麻の栽培も、

日本発祥であってもおかしくないなあと、

勝手に考えているわけなんです。

 

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絹織物の生産方法が伝来し日本に広まった、古墳時代

絹の伝来 中国後漢より古墳時代の日本へ

 

絹が日本に伝わった時の物語です。

 

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中国では倭が勢力を着け、漢の領地を奪っていた時代、

中国の後漢(東漢)の第12代皇帝、霊帝の直径の子孫に、

阿知使主という人がいました。

 

阿知使主は、当時、帯方郡と呼ばれていた、

朝鮮半島の中西部へ、魏に追われて移住しました。

 

中国の歴史では、後漢が滅び3国時代に入り、

3国が勢力を拡大していた時代のようです。

 

西暦220年以降ではないかと推測されます。

 

 

朝鮮半島に魏の勢力が及んできたため、

阿知使主は、子と一族や部下を連れて、

日本へのがれ、

天皇をに使えることを申し出ました。

 

当時の応神天皇が阿知一族に、

大和の国明日香に領地を与えたそうです。

(記録では、応神37年、西暦だと306年だそうですが、

応神は24年しかありません。

日本書紀では応神20年 西暦289年)

 

阿知使主が天皇に仕え領地を与えられたということは、

日本人に帰化したということなんです。

 

 

後漢の時代は、天文学や数学、医学

科学技術が大きく進歩した時代です。

 

地球儀が作られ、円周率が計算され、

麻酔技術も生まれたんです。

 

そんな進歩した国にいた阿知使主は、

日本は遅れていると感じたようですね。

 

当時の大和国は、古墳時代の初め頃です。

 

阿知使主は、応神天皇に申し出て、

絹の生産と織物の生産を日本に広めることになります。

 

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阿知使主は、3国時代に入った中国の呉に、

息子を使者として行かせて、

呉王より、選りすぐりの機織り技術者、

縫工女を貰い受けたそうです。

 

(この時は応神41年、西暦だと310年だったそうですが、

呉が滅びたのは西暦280年ですので、使いが行った国は、

西晋~317年、東晋~420年かもしれません)

 

西暦313年、

仁徳天皇に使えることになった阿知使主は、

全国から、たくさんの女性を集めたそうです。

 

阿知使主が中国から連れてきた技術者が、

養蚕、糸紬、染色(これらを縫工と言ったようです)、

機織り技術を教えたそうです。

 

仁徳天皇は全国に養蚕を奨励し、広めたと言われます。

 

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生産された繭は、阿知使主が建てた縫殿におさめられ、

織殿で色とりどりの反物になりました。

 

縫殿、織殿は各地に造られたようです。

 

こうして、宮中で皇族がまとう衣装も、

各国の貴族が行事の時にまとう衣装も、

階級ごとの色や形が細かく決められるようになりました。

 

応神天皇、仁徳天皇が、絹を取り入れ、

全国に生産を広めさせた歴史があるため、

今でも、大日本蚕糸会の総裁は、

皇室の方がなされておられます。

 

皇室が何千年も続いているのは、

世界中で日本だけです。

 

どんな説があっても構わないですが、

王家が何千年も続いているのは、

自慢できることなんですよ。

 

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戦後教育で、日本は歴史を歪めてしまいました。

 

歴史の教科書は嘘だらけになりました。

 

存在していた人物を存在していないことにし、

やっていないことをやったことにし、

日本人に、劣等感を植え付けていきました。

 

 

国の歴史、人の歴史を認めないことは、

あなた自身のこの国での存在を、

認めないのと同じではないでしょうか?

 

 

あなたが、自分が過去に歩んだ道や、

お世話になった人、迷惑をかけた人との関係を、

同様に、もし、否定するならば、

それはあなた自身の存在の否定でしかありません。

 

古墳時代に絹の伝来があり、

昭和まで日本中で養蚕が続いていたから、

近代稲作があるんですよ。

 

 

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2016年10月 医療用大麻について戸田さんの記事をシェアします

高木沙耶さん逮捕のニュースの???

 

高木沙耶さんが、石垣島の家で、

毎晩、パーティーを開いて大麻を吸っていたという、

逮捕ニュースにあきれています。

 

「大麻取締法違反(所持)の疑い」

で逮捕されたのであり、

「本人は否定している」そうです。

 

「高木さんがような形で大麻を使用したのかは、明らかになっていない」

ということで、逮捕したのに、わかっていないらしいですね。

 

共同生活していた男性が、大麻草研究家だったそうですが、

その人が、研究目的や、医療目的で持っていたのなら、

わからないでもないですね。

 

 

大麻パーティーという表現もおかしいんです。

 

証言しているという人も、実名が出ていません。

足を引っ張りたい人が、

言ったり書いたりしているようにしか思えません。

 

大麻を復活させよう、難病の人を救おう、

医療用大麻の効果を知ってもらおうという、

まじめな人たちの集会までを、

マスコミは、大麻パーティーを書きたてます。

 

誰も大麻を吸引していないのにですよ。

 

そういった表現のニュースに乗っかる人も、困ったものですね。

 

芸能人が絡むと、自分が知っているかのように、

批判批評して、評論家気取りになる人。

 

恥ずかしいと思わないのでしょうか?

 

 

今や、ネット上には、大麻、麻、ヘンプについて、

大麻取締法のおかしな点について、

取り締まりや捜査方法、でっち上げ捜査についてなど、

色々な発信が目立つようになってきました。

 

難病で苦しむ人や精神疾患で苦しむ人が、

覚せい作用のない麻の成分で、

出口の見えない苦しみから救われることが、

いけないことでしょうか?

 

 

麻と覚せい剤とは違います。

 

麻も精神的に元気になる物質を含みますが、

その大半の成分には、

そのような精神に影響を与える成分はありません。

 

私と同様に、マスコミや取り締まりの表現が、

おかしいと思う人は、

戸田さんの記事や、ブログにある動画をご覧ください。

 

 

戸田さんのブログ記事

 

戸田さんのブログ記事をシェアします。

 

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ブログに、必ず見ていただきたい動画(約27分)があります。

 

大麻から抽出したCBDオイルが、様々な病気で悩む人たちに、

画期的な結果を出しているという事実が語られています。

 

さらに、アメリカの専門家、日本の弁護士さんの話は、

たいへんに勉強になります。

 

世界の常識を知ることができない日本の社会構造に疑問を感じます。

 

 

神社に行くと、麻を見ることがあります。

白~生成り~淡い黄金色をしています。

 

神事に使う麻布、麻糸は、白~黄金色と様々です。

 

太古の日本人は、麻をまとっていました。

 

麻だけではなく、紙の原料になるコウゾや

たぶんマコモやヨシやガマといったイネ科植物の繊維、

芭蕉の葉のような繊維を利用していたことでしょう。

 

植物繊維で作られた布を衣服や日用品として使っていましたが、

麻は栽培も紡ぐのもやりやすかったから普及したと考えると、

理に適っているように思います。

 

 

シルクが入ってきたのは、古墳時代です。

 

 

麻は中国でも作られていました。

麻酔用の麻沸散という漢方薬が考案され、

全身麻酔が可能にになったのは、後漢時代です。

 

こちらも、戸田さんの記事です。

 

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NAVERまとめにも出ています。

 

戸田さんの記事がバズった時も、

日本の各プレスのページから、

プレス記事が、意図的にみんな削除されました。

 

それでも、今もたくさんの人に読まれています。

 

 

日本にとって、麻は歴史的にも意味のある作物です。

 

神事に使われることにも、様々な理由があります。

既に縄文時代には、麻の栽培がされていたようです。

麻は、汚れを祓い清めるとされてきました。

 

それは、麻が繊維や食用となる以外に、

遠い昔から医療的、精神的な作用を持つことが、

知られていたからに違いありません。

 

では、いつごろから日本で麻が栽培されていたのでしょうか?

 

それについては、後日、書いてみたいと思います。

 

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